小麦だけ保護しても意味がない

日本経済新聞3月6日付17面に、日清製粉グループ本社社長の大枝宏之氏のインタビューが掲載されているが、小麦を原材料として加工するメーカーが小麦の貿易についてどのようにとらえているか知る上で非常に面白い内容となっている。

――足元で円安が進んでいます。
 「今までの円高が行き過ぎで1ドル=90〜100円が適正水準だろう。ただ4月から麦の購入価格は円安に国際穀物相場自体の上昇も重なり1割上がる。原料比率が7割と高いため、価格転嫁できないと大変だ。従来同様、なんとか価格転嫁をお願いしていきたい」

アベノミクスによる最近の円安によって、輸出企業がうるおい株価が上昇し、景気が上向いているというムードが広がっているが、円安というのは輸入価格の上昇をもたらすという意味で諸刃の剣だ。小麦は9割近くが輸入が占めているので円安だから国内品で代替ということも難しい。輸入小麦で生産した加工品を海外に輸出していれば、輸出で円安の恩恵を受けるので小麦価格の上昇の痛みを吸収することもできるが、ほとんどの製品が国内向けである場合、円安は痛みにしかならない。このように主に国内向け製品を生産している内需向け企業(食品・生活品関連企業)にとっては、円安は原材料価格の上昇を痛みを伴うため経営を苦しくさせる。その痛みを埋め合わせるだけ国内景気が良くなれば話は別だが、どこまで景気が回復することやら、下手すると食品や生活必需品の価格上昇が景気の足を引っ張る結果になることもあり得る。

――TPPの交渉参加が近く表明されそうです。
 「詳細が不明で賛否はまだ言えないが影響は大きい。今は小麦で実質50%の関税相当額、ビスケットなど小麦粉加工製品で20〜30%の関税がかかっている。保護にしろ自由化にしろ、これらを一体で考えるよう強く求めたい。農家を守るため小麦だけ保護を維持しても、無税の安い輸入小麦粉加工品が入ってくる。我々も国内工場を閉じて海外で製粉すれば対抗できるが、雇用も考えると閉じられない。製粉業が崩壊し結局は農家も守れない

まず、小麦の輸入制度について述べておこう。
小麦には国際価格に対して約252%相当(正確には55,000円/トン相当)という非常に高い輸入関税がかかっているが、実際にこんな高い輸入関税を払っている業者はほとんどいない。なぜなら、政府が商社から無税で調達した輸入小麦を輸入関税よりもはるかに安い上乗せ価格で製粉業者に売り渡しているからだ。この上乗せ価格は16,868円/トンのマークアップ率+1,530円/トンの拠出金=18,398円/トンとなっている。これが、インタビュー内で述べられている実質50%の関税相当額となっているのだ。

つまり、輸入関税とは政府が小麦貿易を独占するために、民間が直接海外から小麦を購入することを防ぐための参入障壁となっているのだ。
政府は民間を排除することによって、輸入小麦に対して自由上乗せ価格を設定することができるのだ。その収入は政府と農水省OBが中心の組織である製粉振興会の収入となっているのだ。そして、それを負担するのは製粉業者であり、最終消費者である我々消費者なのだ。

このように、製粉業者は政府が売り渡す国際価格よりもはるかに高い小麦を使って加工品を生産するため、その生産コストは安い国際価格で小麦を調達して生産する外国の小麦粉加工製品に比べて高くならざるを得ない。そのため、日本の小麦粉加工製品の国際競争力は低くなってしまう。このため、輸入品との競争から保護するため、小麦粉加工製品で20〜30%の関税をかけて保護しなければならないということになる。

つまり、製粉業者は小麦の保護政策によって高生産コストを強いられる代わりに、自分たちの生産する製品の市場も関税で保護してもらっているということになるのだ。もしもTPP交渉によって、小麦粉加工製品の保護関税が撤廃される一方、小麦については「聖域」となり輸入関税(それによって発生する国家による独占輸入)が維持される場合、国内の小麦粉加工業者は輸入製品に対抗できなくなってやっていけなくなりますよと大枝社長は言っているわけだ。国内の加工業者が生き残るためには、海外に工場を移して海外から直接安い小麦を調達するしかない。そうすれば国産小麦を購入する業者がいなくなるわけで、国内の小麦の生産も維持できなくなってしまうことになる。小麦だけ「聖域」にしても国産小麦を守ることはできないのだ。

――仮に自由化されると何が起こりますか。
 「国が小麦を一括輸入して高い関税分を上乗せし、製粉会社に同一価格で売り渡す今の仕組みは崩れる。我々は安い国際価格で好きな時に好きな種類の小麦を買える。シェアが購買力を左右するため、38%の国内小麦粉シェアを早期に40%に引き上げる。競争激化で再編も起き、国内94社の製粉会社は激減するだろう」

これも面白い。現在、小麦は国が一括輸入しているため、各製粉会社は横並び価格で小麦を入手することができるが、TPPで輸入が自由化されると、製粉会社の調達力によって輸入価格が企業ごとに違ってくることになる。そのため、製粉会社間の競争が激しくなり非効率な会社は淘汰されることになるというわけだ。このように小麦の輸入自由化は小麦市場だけでなく製粉加工市場の構造にも影響を与えることになる。

このように、小麦の輸入自由化はそれを原材料とする製粉業界にも大きな影響を与える。
小麦だけ「聖域」扱いし、小麦粉加工製品の関税だけ自由化すれば、国産小麦を原材料として用いる国内製粉業者は輸入製品との競争に耐えられなくなり、国内生産を縮小させ海外での生産に踏み切らざるを得なくなるだろう。そうすれば国産小麦は大きな販売先を失い生産を縮小せざるを得ない。
逆に、小麦も含めて輸入自由化すれば、製粉業界も競争が激しくなることによってその生産性は上昇することになる。そうなれば国際価格で調達された小麦で生産された日本の小麦粉加工製品が国際競争力を得て輸出を増加させることも可能になるかもしれない。また、小麦粉加工製品の生産コスト低下は製品価格の低下の形で国内消費者に恩恵ももたらすことになるし、生産性の向上は製粉業界およびその関連産業での生産拡大による雇用増加、賃金上昇も引き起こすことになるだろう。

このように、貿易自由化の影響を考える場合には、それを原材料として生産する他業界への影響まで考えなければならない。

今日はこの辺で