法人税パラドクスについて

日本経済新聞2月3日付2面より

税率下げても税収伸びる?――「法人税の逆説」首相も関心、欧州に先例、起業で潤う(エコノフォーカス)
法人税の税率を下げたのに税収が伸びる「法人税パラドックス(逆説)」と呼ばれる現象が脚光を浴びている。欧州に先例がみられ、法人実効税率の下げに意欲を示す安倍晋三首相も関心を寄せる。一方で税収減を危ぶむ財務省を中心に否定的な声も多い。逆説は日本で起きるのだろうか。

 「法人税率を下げると税収のダメージがあるのか。それが経済を活性化し、税収のプラスにつながるのか」。首相は1月20日の経済財政諮問会議で、法人減税の効果を検討するよう指示。「財源なき大減税はなかなかできない」と税率の下げに慎重な麻生太郎副総理・財務相との違いが鮮明になった。首相の主張には国税地方税を合わせた法人実効税率を下げて成長を促せば、企業収益が改善し結果的に税収が増える好循環が浮かぶ。
 税率の下げには外から企業を呼び込む狙いがある。日本の法人実効税率は35・64%(2014年度、東京都の場合)と先進諸国の25〜30%より高い。「このままでは一段と空洞化が進むうえ、外資の誘致も難しい」と野村証券の尾畑秀一シニアエコノミストは語る。大和総研の試算では法人実効税率を10%下げると、日本メーカーの国内での生産比率が1・5%上がる。
 内閣府法人実効税率を約10%下げると、1年目に実質国内総生産(GDP)が0・4%高まると推計する。減税で浮いたお金が設備投資に回り、賃金や配当が増えて個人消費も盛り上がる筋書きを描く。
 税収はどうか。欧州では税率を下げても税収が潤った。これが逆説と呼ばれるわけだ。
 欧州の主要15カ国では1997年から07年の10年間に法人実効税率が平均で約10%下がった。経済産業省は名目GDPに占める法人課税の税収の比率が2・9%から3・2%に上がったとのデータを示す。経済協力開発機構OECD)によると、国と地方を合わせたドイツの法人関連税収は10年で約3・7兆円伸びた。
 中央大学法科大学院の森信茂樹教授は「欧州の要因の一つは税率の下げで起業活動が活発になったことだ」と指摘する。米国では80年代のレーガン政権による企業向け減税が財政赤字を招いた半面、IT(情報技術)ベンチャーの素地をつくったとの見方も定着する。日本でも起業や企業誘致に追い風が吹きそうだ。
 一方で日本の法人実効税率を約10%下げると、法人課税の税収は約5兆円落ち込む計算になる。内閣府は景気回復による自然増収の効果を「微々たるもの」と控えめに評価する。そのうえで何年たっても減収効果が増収分を上回り、財政赤字を広げる見通しを示す。
 逆説を実現した欧州の経験で見逃せないのは、各国が税率を下げるだけでなく、投資減税の縮小など増税にも踏み込んだ点だ。三菱総合研究所の武田洋子チーフエコノミストは「ドイツが解雇規制を緩和するなど構造改革も進めたことで経済成長を押し上げた」と強調する。日本も税制改革に加え、規制の見直しなどを柱に成長戦略を一体で進めなければ逆説の姿は見えてこない。

法人税パラドクスなる言葉が最近新聞で見られることが多くなってきた。
安倍政権は成長戦略の一環として法人税の減税を考えている。その理由は、記事内の太字で書かれているように、外国企業の誘致、国内産業の空洞化の阻止、起業の促進が挙げられている。これに対して、財務省を中心として、減税による税収減が財政再建への妨げになるという反論がある。
そこで出てきたのが「法人税パラドクス」という言葉だ。これは、欧州などの先進諸国ではこの数十年法人税率が下げられているのにもかかわらず法人税収が伸びていることを指している。

20日に開かれた経済財政諮問会議では、韓国、ドイツ、イギリスについて法人減税が法人税収を増加させた要因についての報告がなされた。
日本経済新聞2月21日付2面より

「法人減税でも税収増」議論、諮問会議民間議員、アベノミクス、成果を還元、与党・財務省財政再建に懸念。
 安倍首相の指示を踏まえ、伊藤元重東大教授ら民間議員が報告をまとめた。英国、ドイツ、韓国を対象に1995年(韓国は2000年)から12年までの法人税収を分析。3カ国とも法人税率を下げても税収が増えた。
 英国と韓国では経済成長で企業収益が増えたのが税収増の主因。英国は税率を9%下げたが、税収は年平均4・8%増えた。このうち4・5%分が経済成長による要因だった。韓国は税率を6・6%下げたが、税収は8・4%増で、成長要因が6・5%分を占めた。
 税率を24・9%も下げたドイツでも税収が5・6%伸びた。成長要因は2・2%分にとどまる一方、減価償却制度の見直しなどで納税対象となる企業を増やす「課税ベースの拡大」による影響が6・3%と大きかった。
 一方、デフレが続いた日本は、95年から11年までに税率を10・4%下げても、税収は1・7%減った。赤字企業が増えたことで課税ベースが縮小したほか、成長要因もマイナスに働いた。
 日本も英独韓と同じように税率下げを税収増に結びつけるには、アベノミクスの効果を持続させる成長戦略の実効性が問われる。民間議員からは好循環をつくる手始めとして、まず足元の法人税収が増えた分を「アベノミクスによる増収分として減税の財源にしてはどうか」という案も出た。
 ただ、税率引き下げが税収増につながるとの見方には懐疑的な意見もある。麻生太郎財務相は今回の分析に、税率を下げずに法人税収が増えた米国やフランスが含まれていないことを指摘した。さらに「財政健全化の目標との関係をどう整理するのか」と強調した。
 黒田東彦日銀総裁も「(法人税率)引き下げを実現するには、社会保障制度の改革と税制の抜本的な見直しが必要だ」とし、減税先行では財政健全化目標の達成に懸念が出てくると指摘した。

法人税パラドクスについては、2011年に発表された財務省財務総合政策研究所のディスカッションペーパーについて詳しい研究レビューがなされているので参考にしてもらいたい。

大野-布袋-佐藤-梅崎(2011) 「法人税における税収変動の要因分解〜 法人税パラドックスの考察を踏まえて 〜(要約)
近年、諸外国において法人税率の引き下げにもかかわらず、法人税収対GDP比が増加する国がみられ、こうした現象は「法人税の税率・税収パラドックス」と呼ばれている。本稿ではこの法人税パラドックスに関する先行研究をサーベイするとともに、1980年代以降における日本の法人税収の推移について要因分析を行った。
諸外国において法人税パラドックスが生じた背景としては、第1に税率の引き下げと共に(投資控除の縮小など)課税ベースを拡大させた結果、実効税率の低下が抑制されたこと、第2に税率の引き下げによって事業者の「法人なり」を誘発した結果、法人部門の拡大が税収増加に寄与したことが指摘されている。
一方、日本は法人税パラドックスが確認されない一つのケースであり、特に1990年代は税率の低下とともに税収も大幅に減少した。この税収低下の主な要因は実効税率の低下であり、その背景には法定税率の引き下げといった税制要因と、景気低迷に伴う企業の特別損失の計上及び繰越欠損金控除の増加といった景気要因の双方が寄与している。他方、日本においては法人税制改革に伴う「法人なり」について明確な動きは確認されない。

上の記事とこのディスカッションペーパーで示されていることは、法人税率を単に低下させるだけでなく、投資控除の縮小などによる課税ベースの拡大といった制度改革が必要だということだ。このため、単に法人税率を下げるか下げないかだけでなく租税特別措置の見直しや投資優遇減税の見直しなど幅広い税制改革の中で法人税率の在り方を考えるべきだろう。

グローバル化時代の税制の在り方については、イギリスのノーベル賞経済学者ジェームズ・マーズリーなどによる提言(マーリーズ・レビュー)も参考になるだろう。マーリーズ・レビューを元に日本の税制の在り方について論じられた「マーリーズ・レビュー研究会報告書」も今後の税制改革を考えるうえで参考となるだろう。

このように、法人税引き下げについて様々な議論があるが、日本の財政状況を考えると日本の財政に本当に悪影響を与えないのかという財務省の懸念も理解できないわけではない。
欧米諸国などの実績から法人税引き下げと税収増が両立しうるとされるが、すべての国においてこれが成立しているわけではない。日本の実情をかんげる際、次の二つは頭に入れておいた方がいいだろう。
まず一つは、法人税のパラドクスは小国に当てはまりやすく、大国については必ずしも当てはまっていないことだ。

右表はHaufler-Stahler(2013)"TAX COMPETITION IN A SIMPLE MODEL WITH HETEROGENEOUS FIRMS: HOW LARGER MARKETS REDUCE PROFIT TAXES", International Economic Review Vol.54, pp.665–692の中にある1985年と2005年の法定実効税率(statutory tax rate:法人税率引き下げというのは主にこの税率の引き下げを指す)、平均実効税率(effectve average tax rate:投資控除などを考慮した企業の実質的な税負担)、そして法人税収入のGDP比率(CIT revenue (% of GDP))を人口規模の大きな国(人口2000万以上)と小さな国とで比較したものだ。これを見ると、人口規模の小さな国では法人税のパラドクスがのきなみ実現しているが、人口規模の大きな国では日本をはじめドイツ、イタリア、英国で法人税パラドクスが成立していないことがわかる。

二つ目に、右表からもわかるが、日本は他国に比べて法人税のGDP比が高いことだ。
さらに、日本は他国に比べて税収全体に占める法人税の割合も他国に比べてはるかに高い。
先に上げたマーリーズ・レビュー研究報告書p.7によると法人税が税収に占める割合は日本(2008年)28.1%、米国(2006年)15.1%、英国(2005年)11.5%、ドイツ(2005年)8.2%、フランス(2005年)9.9%と日本は法人に対する法人税依存が他国に比べて非常に大きい。さらに、地方税についてはもっとひどい。同報告書p.8によると地方税に占める法人税収入は日本では25.6%に対し、ドイツ8.8%、米国7.6%、さらに英国、フランスではゼロ%だ。
このように日本は他国に比べて法人税に対する依存度が異常に高く、それがゆえに法人税引き下げがもたらすリスクも大きくなっている。このような状況では、法人税のパラドクスに過度に依存するのは危険であり、法人税減税の際の代替財源はしっかり確保しなければならないだろう。そもそも他国にしたって、法人税減税の際には代替財源を当然確保していただろう。

今日はこの辺で