外国人労働者受け入れについて〜欧州の場合

外国人労働者に関する議論の続き(ここここも参照ください)。

すでに多くの移民がいる欧州では、労働移動を制限しようという動きが出ています。

日本経済新聞1月7日付6面より

欧州内の移動、自由化鈍る、ルーマニアブルガリア、検問廃止EUが延期――独、不法移民や治安警戒。
欧州内で国境検問を撤廃する動きが鈍ってきた。欧州連合(EU)は当初、ルーマニアブルガリアの検問を2014年に廃止するとみられていたが、これを延期する。急増する不法移民や治安悪化への警戒心がドイツなどで強まったことが背景にある。ただ、域内の自由な移動を目指す欧州統合の精神が揺らぐ懸念も出てきた。
 欧州の大半の国々は「シェンゲン協定」に基づき、パスポートの点検なしに国境を越えることを認めている。2007年にEUに加盟したルーマニアブルガリアは、14年の同協定参加を目指して交渉していた。
 これに立ちはだかったのがドイツ。「現時点で国境検問を廃止できる状況にはない」と12月の内務相会合で主張し、オランダが同調した。新規加入は全会一致でないと認められないため、ルーマニアブルガリアの国境検問廃止は凍結された。
 国境検問廃止は欧州統合の重要なステップの一つだ。同じ中・東欧でもポーランドスロベニアなどは07年に参加済みだが、ルーマニアブルガリアへの拒否感は強い。
 「両国の捜査当局が犯罪組織を十分に取り締まっておらず、検問を廃止すれば、豊かな北部を目指す犯罪者が増える」。両国のシェンゲン協定への参加を阻もうとする北部欧州からは、そんな指摘が漏れてくる。
 懸念を裏付けるデータがドイツ南部バイエルン州にある。警察当局によると12年に外国人による犯罪件数は前年比3・5%増えたが、ルーマニア国籍に限ると15%超の伸び率だった。強盗や詐欺など金銭目的の犯罪が多いのが特徴だ。チェコの首都プラハでは、ルーマニア出身者が観光客から現金を強奪する事件が頻発し、現地の警察も手をこまぬいている。
 ルーマニアブルガリアへの拒否感の背景には、両国と他の欧州諸国との経済格差もある。両国はEU加盟国の中で最も貧しく、国民の購買力はEU平均の半分に満たない。両国の法定最低賃金(時給)は1ユーロ前後なのに対し、オランダやベルギーは9ユーロを超える。仕事さえ見つかれば国外に移り住みたいと考える人は多く、既に医師などが職を求めて国外に流出している。
 EUは域内の労働市場を2014年に両国に全面開放する。EU加盟の7年後には市場開放を適用するというルールがあるためだ。14年から両国の人たちは就労ビザを持っていなくても国境のパスポート検査を通過さえすれば、北部欧州で就職活動ができることになり、ドイツだけで数十万人が職探しに訪れるとの推計もある。このため、大量移住を回避するため国境検問を残すべきだとの意見が出てくる。
 ルーマニアブルガリアには少数民族ロマ人も多い。こうした人々が両国内での差別と貧しさから逃れるため大量に移住する事態になれば、北部欧州諸国の社会保障費が増大しかねない。
 北部欧州は景気が底堅い。ただ、南欧支援や難民救済、それに中・東欧との統合で豊かさが蝕まれるとの「被害者意識」が強まっている。そんな不安につけ入る形で極右勢力が移民排斥を訴え、支持を広げている。
 欧州統合についての研究・提言を担うオーストリア欧州政策協会のシュミット事務局長は「北部欧州の住民の不安を取り除く処方箋を政治が示すべきだ」と語る。

日本経済新聞2月19日付7面より

欧州、労働者流入を警戒、スイス、労働市場を一部凍結、英国、失業保険給付厳しく――社会保障費増大に不満。
欧州主要国で外国人労働者流入に警戒感が広がってきた。スイスはクロアチアへの労働市場の開放を凍結、英国やドイツでも失業保険などの給付条件を厳しくすべきだとの声が高まる。手厚い社会保障制度目当ての移住を防ぎ、雇用を守るというのが大義名分だが、底流には外国移民の大量流入で社会の形が変わることへの不安がある。
 スイスは9日の国民投票で、移民受け入れに上限を設けると決めた。当初、政府は移民制限に消極的だったが「民意」を受けて対策に踏み切った。 対象は昨年7月に欧州連合(EU)に加盟したばかりのクロアチア。スイス通信は15日、労働市場の開放交渉を担当したスイスの閣僚がクロアチアのプシッチ外相に電話で交渉打ち切りを通告したと報じた。
 EUのバローゾ欧州委員長は猛反発したが、スイスの地元紙によるとスイス国民党の幹部は国民投票を盾に、東欧諸国をすべて排除したいとの考えをにじませた。
 スイスは失業率が3%台と「完全雇用」に近い。しかし、周辺国との「給与格差」が大きいために大量の欧州系住民が引き寄せられており、スイス国内では外国人への警戒感が広がる。
 同国内では、ファストフードのアルバイトの時給が数千円とされ、月給4千フラン(約46万円)を法定最低賃金とする構想が浮かぶ。ドイツの医学専門誌によると勤続10年目の勤務医の平均年収もオーストリアやドイツの2倍に達する。
 東欧に加えて西欧からも大量に「移民」が流れ込み、いまや人口の4分の1が外国人に。小都市を中心に保守的なスイス社会は不安を強める。
 スイスのブルカルテル大統領は18日に訪独し、メルケル独首相と会談した。メルケル氏は記者会見でスイスの決定を「遺憾」と表現したが、足元のドイツでも外国人労働者への不安は頭をもたげている。手厚い社会保障制度を目当てにした移住が増え、自国の財政が圧迫されるとの懸念だ。 同じような不安を抱える英国は1月から、ルーマニアなどからの就労者について失業保険の給付基準を厳しくした。
 ただ、いまのところ政府や経済界には「域内移民の排斥」へ本気で取り組む考えはない。少子化が進んでいるため、多くの政治指導者や企業経営者は税や社会保障費の担い手となる外国人が必要だと認識している。 5月に欧州議会選挙を控えていることも、事態を複雑にしている。移民に厳しい姿勢を取らなければ、主要政党は極右政党に票を奪われかねない。
 極右政党が伸長すれば、欧州統合がさらに遅れることになりかねない。

欧州では、賃金の低い東欧や債務危機に陥っている南欧諸国からドイツやオランダ、スイスといった賃金の高い西欧・北欧諸国への労働移動が起こっている。欧州危機以降、両地域の景気格差が拡大するにつれてこの動きは大きくなっている。しかし、最近ではこのような欧州域内の労働者の移動を制限しようとする動きが出ている。

その理由は主に二つだ。一つは、治安悪化への不安だ。そしてもう一つは社会保障制度の持続性に対する不安だ。
労働政策研究・研修機構の海外労働情報の記事に次のようなものがある。
ドイツの連邦雇用エージェンシーの調査によると、外国人労働者を、(1)すでに労働市場を完全開放している国(ポーランドハンガリーチェコスロバキアスロベニアバルト三国)の出身、(2)14年1月から新規に完全開放する国(ブルガリアルーマニア)、(3)債務危機に見舞われた南欧諸国(ギリシャ・イタリア・ポルトガル・スペイン)に分けて2013年11月時点における就労者数を1年前と比べると、グループ(1)出身の就業者数は約7万5千人(前年比約20%)、グループ(2)出身の就業者数は約2万9千人(前年比約24%)、グループ(3)出身の就業者数は約3万8千人(前年比約8%)の増加となっている。これは、ドイツ全体の就労者増加数約35万3000人(前年比約1%)の増加のうちの約40.2%を占めている。
しかし、それ以上にこれらの外国人労働者の失業者数の増加が激しい。ドイツ全土における失業者の増加は前年比0.5%に過ぎないのに対し、グループ(1)の失業者数の増加は前年比24%、グループ(2)は52%、グループ(3)は13%(スペインに限定すると34%)となっている。 このように、東欧や南欧からの移民は不安定な雇用状況にあり、それが外国人による犯罪の増加といった治安の悪化につながっているものと考えられる。
このような失業の増加に応じて、これらの移民に対する失業給付も増えている。「失業給付?」(=租税を財源とする求職者向け基礎保障給付)の受給者は、ドイツ全土では前年比0.1%増であったのに対し、グループ(1)の住民に対しては19%増、グループ(2)には50%増、グループ(3)には10%増(スペインに限定すると30%増)であった。

このように豊かな西欧・北欧諸国には東欧・南欧から多くの移民がやってきているが、景気が悪化した時に真っ先に失業するのも彼らであり、その彼らに対する失業給付の増加は、ネイティブにとっては自分たちの財政負担によって彼らの所得を支援しているような不公平感の増大につながっている。
特に、失業給付や求職手当などの社会保障の需給を目的とした移民は社会保障ツーリズムと呼ばれ批判の対象となっており、そのような民意を受けて、ドイツやイギリスではこれらの移民に対する社会保障の給付を制限しようという動きが出ている(ドイツについては、上で紹介された記事、イギリスについてはこの記事を参照)。

このように、外国人労働者の受け入れを開放する際には、このような社会保障の問題もしっかりと考えなければならない。

今日はこの辺で