多国籍企業から現地企業への労働移動がもたらす技術のスピルオーバー効果について

Balsvik(2009) "Is labor mobility a channel for spillovers from multinationals? Evidence from Norwegian manufacturing" SNF Working paper /09, Forthcoming Review of Economics and Statisticsを読みました。

Abstract
This paper documents labor mobility flows from multinationals (MNEs) to non-MNEs in Norwegian manufacturing during the 1990s. 14,400 workers in MNEs move to non-MNEs during this period. By the year 2000, 28 percent of the non-MNEs employed workers with experience from MNEs. Consistent with spillovers through mobility, I estimate a robust and significantly positive correlation between the share of workers with MNE-experience and the productivity of non-MNEs. Workers with MNE-experience contribute 20% more to the productivity of their plant than workers without experience from MNEs, even after controlling for differences in unobservable worker characteristics. The difference between the private returns to mobility and the productivity effect at the plant level suggests that labor mobility from MNEs to non-MNEs represents a true knowledge externality.
(訳)
 この論文では1990年代のノルウェーの製造業における多国籍企業から国内企業(非多国籍企業)への労働移動についての統計データを扱っている。この期間に多国籍企業で働いていた14,400人の労働者が国内企業に転職した。このため、2000年までに国内企業で働く労働者のうち28%が多国籍企業で働いた経験を持ったことがある労働者となった。労働移動に関するスピルオーバー効果として、私は、国内企業について、多国籍企業で働いた経験を持つ労働者のシェアと工場における生産性に正の相関関係があるという推計結果を得た。観察できない労働者の特性を制御した後でも、多国籍企業で働いた経験を持つ労働者はその経験を持たない労働者に比べて20%以上工場の生産性の改善に貢献している。労働者が転職によって得る報酬の増加と工場レベルの生産性の向上の違いから多国籍企業から国内企業への労働移動は知識の外部性を生じることが分かった。

多くの国々が多国籍企業の生産拠点や研究開発拠点を自国に誘致しようと様々な優遇政策を行っている。これは、雇用創出や地域経済の活性化などを目的としているわけだが、そのうちの一つに外国の多国籍企業を国内に誘致することによって自国企業が外国企業の優れた技術(生産技術・マネジメント技術など)を吸収する機会を作ることがある。外国の多国籍企業が近くに存在することによって、自国企業の技術力が向上することを技術のスピルオーバー効果という。

外国の多国籍企業から国内企業への技術のスピルオーバー効果の経路としてはデモンストレーション効果(近くに存在する多国籍企業の行動を観察することによって技術を吸収すること)、労働移動(多国籍企業で働きそのノウハウについて学んだ労働者が現地企業に転職すること)、垂直連関効果(現地企業が多国籍企業と取引関係を結ぶことによって多国籍企業の持つノウハウを学ぶこと)の3つが挙げられる。

この3つのスピルオーバー効果の経路の内の1つ、労働移動に関して検証したのがこの論文だ。この論文ではまず雇用統計のミクロデータを用いてノルウェーに立地する多国籍企業(外国籍のものと自国籍のものの両方を含む)と国内企業(国内でのみ活動を行う企業)とを比較して、多国籍企業が国内企業に比べて高い賃金を労働者に支払っていることを示している。これは、多国籍企業が国内企業と比べて優れた経営資源(生産技術や経営ノウハウなどの企業の競争力の源泉)を持っていることを意味している。次に、90年代に国内企業で働く労働者の中で多国籍企業で働いた経験を持つ労働者のシェアが拡大していることを示し、これらの労働者が国内企業の生産性の改善につながっていることを示している。具体的には、多国籍企業から転職してきた労働者は、同様な特性を持つ国内企業の労働者に比べて20%以上生産性の向上に貢献しているとの結果を得ている。このことは、多国籍企業から現地企業への労働移動がスピルオーバー効果をもたらしていることを示している。さらに、3年以上多国籍企業で働いた経験のある労働者は、国内企業に転職した後に同様の特性を持つ国内企業で働く労働者に比べてほぼ5%高い賃金を得ていることがわかった。これは、多国籍企業の技術を吸収した労働者に対して国内企業が賃金プレミアムを支払っていることを示している。5%の賃金プレミアムを支払うことによって20%の生産性の改善を生み出すことから、多国籍企業から国内企業への労働移動はノルウェーの製造業において正の外部性が発生する経路の1つだということが示された。

このような、雇用統計のミクロデータを用いた労働移動に関するスピルオーバー効果の検証はここ数年で多く行われている。そのうち日本やアジアの国々についても行われるのだろうが、雇用統計に関するミクロデータなんて日本にあるのだろうか??

今日はこの辺で