知的所有権の強化が多国籍企業の子会社から受け入れ国の現地企業への技術普及に与える影響
VOXよりIntellectual property rights protection and FDI knowledge diffusionを読みました。
知的所有権がイノベーションや技術普及(Knowledge Diffusion)*1に与える影響には、正の部分と負の部分があると言われています。正の部分としては、知的所有権によって新技術の権利が保障されることが開発者の技術開発に対するインセンティブを強化し、そのことによってイノベーションの促進が期待されることがあります。さらに、知的所有権によって技術に関する権利が保証されると市場による技術の流通を行うことが可能となり、技術取引市場の活発化を通じてライセンス取引を経た技術移転の促進も期待されることがあります*2。これに対して、負の部分とは、知的所有権が技術の独占を開発者に保証することによって模倣による技術伝播が抑制され、独占の弊害が市場に生じることが挙げられています。
今回紹介するBlog記事では、このような知的所有権の強化が技術普及に与える影響に関するオランダのナイメーヘン・ラットバウト大学教授のDe Vaal氏とSmeet氏との共同研究が紹介されています。両氏は、企業間の技術普及の経路を技術を保有する企業を基準として水平的技術普及(Horizontal knowledge diffusion:同業種の企業への技術普及)と垂直的技術普及(Vertical knowledge diffusion:出荷先や下請け企業など垂直的取引関係にある企業への技術普及)に分け、知的所有権の強化が技術普及に与える影響はそれが水平的なものか垂直的なものかで異なると考えました。
まず、水平的技術普及に関しては、企業は自社の市場における競争力を低下させることにつながる同業種への技術普及は防ぎたいというインセンティブを持っているため、水平的技術普及は技術を持っている企業が意図して実現したというよりも、模倣や技術者の引き抜きなど相手企業によって技術が盗まれる形で実現することが多いことと考えられます。そのため知的所有権の強化はこのような水平的技術普及を抑制する効果があると両氏は推測しました。その一方で、垂直的技術普及に関しては、垂直的取引関係にある企業の技術力の強化は、優れた部品の供給や販売力の強化などを通じて技術を保有する企業自身の利益の増加にもつながることから、水平的技術普及と違い企業も積極的に技術を提供するインセンティブを持つことが考えられる。このため、知的所有権の強化は垂直的取引関係にある企業間での技術流通を通じて技術普及を促進する効果があると両氏は推測しました。
このような推測の下、両氏はOECD22カ国における多国籍企業と現地企業のマイクロデータを用いて、22カ国を知的所有権の制度が強く整備されている国とそうでない国の2グループに分けたうえで、多国籍企業の市場シェアと現地企業の総要素生産性(TFP)との相関関係を調べました。
その結果、水平的技術普及に関しては、知的所有権の強い国では多国籍企業の市場シェアが大きくなるほど現地企業の生産性は低く、弱い国では多国籍企業のシェアが大きくなるほど現地企業の生産性は高くなるという関係性があることが示されました。このことは、知的所有権の強い国になるほど水平的技術普及は抑制されるという推測を裏付けるものです。これに対し、垂直的技術普及に関しては、知的所有権の強い国では垂直的取引関係のある企業内おける多国籍企業の市場シェアの拡大は現地企業の生産性を高くする一方で、知的所有権の弱い国では多国籍企業の市場シェアの拡大は現地企業の生産性を低くするとの相関関係が示されました。このことは、垂直的技術普及に関しては知的所有権が強い国ほど促進されるという推測を裏付けるものでした。特に、垂直的技術普及に関しては、多国籍企業からにその企業に部品やサービスを提供する下請け関係にある現地企業への技術普及(後方連関を通じた垂直的技術普及)が強く観察されるとの結果が得られています。このように、知的所有権の強化が多国籍企業から現地企業への技術普及に与える影響については、技術普及がどのような方向に向かってなされるかということで議論が全然違ったものになるということは非常に面白いものだと思いました。私は、以前リスクセンターのワーキングペーパーで、多国籍企業の子会社によるR&D活動が、子会社で働いた労働者が現地企業に引き抜かれることを通じて現地企業の技術力を高めるという企業間のスピルオーバー効果を考慮した理論モデルを提示したことがありますが*3、これはいわゆる水平的技術普及に関する事でした。今回のブログ記事を読むと、垂直的術普及に関する技術を加えることによって私の研究のさらなる拡張が見込めることを占めているんじゃないかという気がします。いろいろ考えてみたいところです。
今日はこの辺で