産学連携促進政策と産学連携によって開発される技術の質について

Motohashi-Muramatsu(2011) "Examining the University Industry Collaboration Policy in Japan: Patent analysis", RIETI Discussion Paper Series 11-E-008を読みました。

(概要)
本稿は、日本の特許データを用いて、1990年代の後半から導入された産学連携政策の結果、産学連携の内容や結果がどのように変化したのかについて定量的な分析を行った。産学連携特許を共同出願の情報だけでなく、大学関係者と企業研究者が共同で発明した特許についても特定することによって、国立大学の法人化前の産学連携の状況を特許データから把握することを可能とした。分析の結果、2000年以降、政策の影響を受けて産学連携特許の数が増えているが、その技術的価値の低下は見られず、大学技術の社会還元という政策目標は達成されていることが分かった。ただし、制度改正によって、産学連携の成果としての知財は産学が共同で保有する方針が取られているが、これによって企業サイドにおいて特許実施のインセンティブが損なわれている可能性がある。

日本経済の技術開発力を向上させるためには、産学連携による技術開発を促進させる必要があるということで、1998年にTLO法(大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律)、1999年の日本版バイドール法(政府資金による委託研究開発から派生した特許権等を大学や民間企業等に帰属させる法律)など産業連携を促進させるための法律が次々と制定されました。これらの法律の制定に加えて、2004年に国立大学の法人化が実施されたことから、90年代後半以降、共同出願、共同発明*1の形による産学連携の特許の数は大きく増加することになりました。
 今回読んだ論文では、これらの産学連携によって取得された特許と企業のみの研究開発によって取得された特許の質の違いについて、国内の特許データを用いて分析されている。ここでいう特許の質とは、特許に含まれる発明-区分の数(the number of claims)、特許に登録されている発明者の数(the number of inventors)、被引用数(the number if forward citations)、引用された技術領域数(the generality index)を指している。
 実証分析の結果、産学連携によって取得された特許と企業のみによって取得された特許には次のような質的違いがあることが示されている。

  1. 企業のみによって取得されたものと比べて、産学連携によって取得された特許の方が、被引用数は多い。
  2. 特許の被引用数を自らの別の特許における被引用(self-citation)と、他の経済主体の特許における被引用(non-self citation)に分けるとき、産学連携によって取得された特許の方が、self citationは少なくなる一方で、non-self citationが多くなる。これは、産学連携によって取得された特許の方が他の企業や産業に及ぼすスピルオーバー効果が高いことを示している。
  3. 産学連携によって取得された特許の方が引用された技術領域数(the generality index)は多くなる傾向がある。これは、産学連携によって取得された技術の質が高いことを示している。しかし、この違いは2000年以降はそれ以前に比べて弱くなっている。このように、産学連携によって取得された特許は、企業のみによって取得された特許に比較して質が高いことが示されている。欧米の既存研究には、産学連携促進政策によって産学連携による特許取得が増える一方で、質の低下を懸念するものもあるが、今回の日本に関する分析ではその懸念は当たっていないということをこの論文では示されている。

さらに、この論文では、産学連携に参加する企業が大企業と中小企業かで産学連携による特許の質に違いがあるかどうかも分析しており、次のような結果を得ている。

  1. 中小企業の参加した産学連携の方が大企業の参加したものと比べて、特許に含まれる発明-区分の数(the number of claims)、被引用数、自身による被引用数(self-citation)は少なくなる一方で、特許に登録されている発明者の数(the number of inventors)と他の経済主体による被引用数(non-self citation)は多くなる傾向にある。これは、中小企業の中には、大学からのスピンアウトのようなベンチャー企業が多く含まれていることが反映されているのではないかと思われる。
  2. 2000年以前と以後を比較すると、大企業の参加した産学連携と中小企業の参加した産学連毛によって取得された特許の他の経済主体による被引用数(non-self citation)の違いは2000年以後なくなってきている。このことは、中小企業の参加する産学連携によって開発される技術が、基礎研究から応用研究へと変わってきていることを示唆している。また、共同出願、共同発明の形による産学連携によって取得された特許の質を比較すると、共同発明によって取得される特許の方がすべての面において技術の質は高いことがこの論文では示されています。

私の研究は、企業間における技術のスピルオーバー効果に関する理論モデルが中心ですが、大学などの企業以外の経済主体から企業への技術のスピルオーバーにも関心はあります。大学などの営利企業と違う経済主体の行動様式をどう理論化するかについては、まだ十分運理解できていないところなので、もっと様々な論文を読むべきですが、できれば、今回紹介した論文で示されるような実証分析の結果を説明できるような理論モデルを作り上げたいと思っています。

今日はこの辺で

*1:共同出願は、企業と大学の両社が特許に関する権利を保有しているのに対し、共同発明は企業と大学の研究者の双方から開発者が参加しているが、特許に関する権利は企業が単独で保有する特許