比較優位に関する誤謬(2)

前回の続きです。

前回述べた比較優位について持たれている誤謬は次の3つです。

1.自国が外国との競争に耐えうるほど強いとき初めて、自由貿易は有益である。

2.外国との競争が低賃金に基づくものならば不公正で他の国々を害する(貧民労働論)

3.他の国の労働者よりもはるかに低い賃金しか労働者が受け取っていないならば、貿易によって、その国は搾取され、生活が悪化している。

1.については前回説明しました。すべての産業について相手国より生産性が低くて絶対優位を持つことができなくても、相手国よりも賃金が低くなることによって、比較優位を持つ産業(相対的に相手国との生産性格差が少ない産業)を貿易均衡において生産することとなり、貿易利益を得ることが可能となります。

今回は2.と3.について説明していきます。2.と3.は先進国と途上国における貿易利益に関する誤解で表裏一体のものです。
2.は先進国の立場から、賃金の低い途上国との貿易は、先進国の産業にとって不利なため貿易をするものではないということです。
これに対して、3.は途上国の立場から、先進国よりも低い賃金しか受け取れないのであれば、貿易は途上国に利益をもたらさないという考え方です。

二つとも、賃金格差の存在が自国にとって不公正なものであるという考え方に基づいているものです。
しかし、賃金格差の一番の原因は両国の技術格差であり、たとえ両国の賃金に格差があっても、両国は比較優位のある産業に特化・輸出することによって貿易利益を得ることができることをリカードモデルは示しています。

今回は、先進国と途上国が賃金格差が存在するにもかかわらず貿易利益を得ることができることを両国の労働者の得る実質所得の変化から説明します。
労働者は賃金所得を予算として効用最大化するように予算を決めています。実質所得とは所得を価格で割ったものであり、労働者の購買力を示すものである。
下図1は労働者の予算制約線と購買可能領域を示したものである。予算制約線と横軸との交点の値w/pXは賃金所得全額をX財の購入に投入したときに購入可能なX財の量を示しており、X財で測った実質所得を示している。これに対して、縦軸との交点の値w/pYは賃金所得全額をY財の購入に投入したときに購入可能なY財の量を示しており、Y財で測った実質所得を示している。この二つの実質所得のうち、両方ともが増加する、もしくは片方のみが増加して、もう片方は変化しないとき、労働者の購買可能領域は拡大するため労働者の効用は上昇することになる。

前回示した表1の労働投入係数を用いて、各国の閉鎖経済における実質所得の大きさを導出します。

各財の価格は単位生産費(=労働賃金×労働投入係数)に等しくなることから、閉鎖経済におけるA国でのX財の価格pXAはA国の労働賃金wAに労働投入係数2を掛け合わせた2wAと等しくなる。同様に、A国でのY財の価格pYAは8wAと等しくなります。
pXA=2wAより、閉鎖経済時のA国労働者のX財で測った実質所得wA/pXAは労働投入係数の逆数1/2に等しくなります。同様に、Y財で測った実質所得wA/pYAは1/8となります。
また、閉鎖経済時のB国労働者のX財で測った実質所得wA/pXBは1/10、Y財で測った実質所得wA/pYBは1/9となります。

一方、貿易均衡における両財の国際価格をpX*,PY*、両国の賃金をwA*,wB*とすると、貿易均衡においてX財はA国が、Y財はB国が生産していることから、貿易均衡におけるX財の国際価格pX*はA国における単位生産費である2wA*に、Y財の国際価格pY*はB国における単位生産費である9wB*に等しくなります。

このことから、貿易均衡におけるA国労働者の実質所得について、次のように導出されます。X財の実質所得wA*/pX*=wA*/2wA*=1/2となり、閉鎖経済時と同じとなります。そして、Y財の実質所得wA*/pY*=wA*/9wB*となります。前回示したように、貿易均衡におけるA国の相対賃金wA/wBの範囲は9/8閉鎖経済均衡から貿易均衡へと変化することによって、A国労働者のX財で測った実質所得は不変である一方で、Y財で測った実質所得は増加し、A国労働者の購買可能領域は拡大することになるため、低賃金のB国と貿易することによってA国労働者の効用水準は上昇することが分かる。
このように、低賃金のB国との貿易によってA国内のY財の生産は縮小し、B国から輸入することになるが、低賃金のB国からの輸入はY財の価格低下を通じてA国労働者の実質所得を上昇させるために、A国に貿易利益をもたらすのである。

これに対して、低賃金のB国労働者の両財の実質所得の大きさは次のように導出される。Y財の実質所得wB*/pY*=wB*/9wB*=1/9となり、閉鎖経済時と同じとなります。そして、X財の実質所得wB*/pX*=wB*/2wA*となります。貿易均衡におけるwA/wBの範囲は9/8閉鎖経済均衡から貿易均衡へと変化することによって、B国労働者のY財で測った実質所得は不変である一方で、X財で測った実質所得は増加するため、B国労働者の購買可能領域は拡大することになるため、効用水準は上昇することが分かる。このように、貿易均衡おいてB国の賃金はA国のそれを下回ることにもかかわらず、B国労働者の経済厚生は改善することが分かる。B国の労働賃金はA国のそれに比べて低いが、A国が輸出するX財は、B国と比べて非常に生産性が高いため、A国の賃金が高くてもB国国内で生産するよりA国から輸入する方がB国労働者は安い価格で消費をすることが可能となります。

以上のことから、両国の賃金格差の存在が生み出す比較優位に関する誤謬2)と3)は間違っていることが分かる。賃金格差は貿易利益を否定するものではなく、両国労働者は実質所得の向上に伴う購買可能良機の拡大という貿易利益を得ることができるようになることがわかります。

今日はこの辺で