途上国の貿易自由化は、国内の人的資源の蓄積の妨げになるのか?

VOXより、Are skill-intensive imports from rich nations deskilling emerging economies?を読みました。

財価格の変化と要素価格の変化について示したストルパー=サミュエルソン定理が、先進国内の格差問題の議論に用いられていることを以前「ストルパー=サミュエルソン定理と先進国内の格差問題」で書きました。クルーグマンに代表されるこの議論は、途上国からの労働集約財の輸入の増加が、これらの価格の低下とストルパー=サミュエルソン定理によって、労働賃金の低下、資本レンタル率の上昇をもたらすため、国内の労働者と資本家の所得格差を生み出しているというものである。

この議論は生産要素を資本と労働として考えているが、生産要素を単純労働にしか従事できない未熟練労働と、技術や知識が豊富で専門的な仕事に従事することが可能な熟練労働についても、同じことが成り立つ。先進国は途上国に対して相対的に熟練労働が豊富である一方、途上国は先進国に比べて相対的に未熟練労働が豊富である。このため、先進国は途上国から未熟練労働集約的な財を輸入することになるが、新興国からの輸入によってこれらの財価格が低下すると、未熟練労働の賃金が低下する一方で、熟練労働の賃金が上昇するため、未熟練労働者(低学歴)と熟練労働者(高学歴)の賃金格差が拡大していくというわけである。

今回紹介するブログ記事では、ストルパー=サミュエルソン定理を用いて、先進国との貿易が途上国の人的資本(主に教育によって蓄積される人々の知的資源)の蓄積に与える影響について分析している。
途上国は先進国に比べて未熟練労働者が相対的に豊富であるため、未熟練労働集約財に比較優位を持ち、熟練労働集約財は輸入することになる。この輸入によって国内の熟練労働集約財の価格が下がる時、ストルパー=サミュエルソン定理より、熟練労働者の賃金が低下する一方で、未熟練労働者の賃金は上昇することになる。
このように熟練労働者の未熟練労働者に対する相対賃金が低くなると、途上国内の若者が教育を受けるインセンティブが損なわれることになる。教育を受けても賃金がそれほど高くならないのであれば、教育コストをかけるだけ無駄になるからである。
著者は、実際に1972〜1992年における41カ国の途上国のデータを用いて、熟練労働集約財の輸入の増加が途上国の人々の教育年数に負の影響を与えていることを示している。これは、先進国からの熟練労働集約財の輸入の増加が、途上国の人々に人的資本の蓄積を行うインセンティブを損なわせていることを意味している。
さらに、著者は、未熟練労働集約財の輸入増加が、途上国の人々の教育年数を引き上げる効果を持つことも示している。これは、未熟練労働集約財の価格低下がストルパー=サミュエルソン定理を通じて、熟練労働者の相対賃金を引き上げることが原因でないかと考えられる。

著者は、これらの結果を通じて、先進国と新興途上国との貿易の拡大が、途上国における人的資本の蓄積を阻み、世界の所得格差の縮小を妨げることになる可能性を示している。
このように、ストルパー=サミュエルソン定理は先進国内の格差問題の議論のみでなく、先進国と途上国間の格差問題の議論にも使われることがあるのである。

今日はこの辺で