TPPの行方

日本経済新聞2月2日付4面より

TPP関税撤廃の例外焦点、首相、米国・党内両にらみ、首脳会談へ打開策模索
安倍晋三首相が環太平洋経済連携協定(TPP)への交渉参加の是非を判断する時期を探り始めた。「聖域なき関税撤廃」を前提とした参加にはあくまで反対の立場で、2月下旬の日米首脳会談に向けて米政府に関税撤廃の例外を認めるよう水面下で働きかける方針だ。自民党内には慎重論が根強く、米国と党を両にらみしながらの慎重な判断が迫られる。
 「これまでの協議の内容、影響などを含め精査・分析し、国益にかなう最善の道を求めていく」。首相は1日の参院代表質問への答弁で、TPPへの対応を問われこう繰り返した。
 TPP交渉に参加する11カ国は早ければ10月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の場での妥結を目指す。日本の交渉参加は米政府が米議会の了承を得る必要があり、手続きに90日超かかる。判断が遅れれば仮に交渉参加を決めてもルールづくりで日本の意見が反映しにくくなる懸念がある。
 首相が目指す日米同盟の強化にも影を落としかねない。
 このため政府は日米首脳会談前までに、米側との水面下の協議で「聖域なき関税撤廃」を受け入れなくても交渉参加が認められないか働きかけを強める方針だ。甘利明経済財政・再生相は1日のインターネット番組で「前提条件を崩せる要素はいっぱいある」と期待感を示した。
 こうした見方が出るのは、TPP交渉の参加国の間でも関税撤廃や非関税障壁の見直しなどを巡る意見の隔たりが大きいからだ。米国やカナダなどの農業大国は自国産業を保護するため譲れない品目を抱えており、当初目指していた昨年中の交渉妥結を断念。日本政府として「関税撤廃という前提に風穴をあける余地はある」(政府関係者)という読みだ。
 一方、自民党内では参院選での農業票を意識して慎重論が強い。外交・経済連携調査会(衛藤征士郎会長)は6日に安倍政権発足後、初の会合を開き、首相訪米前の提言とりまとめを目指す。反対派がつくる「TPP参加の即時撤回を求める会」も8日に会合を予定。会員は200人を超え、調査会の議論に影響を与えそうだ。
 執行部としては党が首相の足を引っ張り混乱するのも避けたいのが本音。衆院選政権公約に反しない形で「聖域ができるのであれば交渉参加すればいい」(調査会幹部)などとして例外品目の設置を落としどころにしようとする向きもある。
 高村正彦副総裁は1日、記者団に「首相が交渉参加を言うなら聖域なき関税撤廃を前提にしない状況にしないといけない」と語った。首相周辺は「首相も揺れている。話をするたびに言いぶりが微妙に変化する」と明かす。日米首脳会談まで残り1カ月を切り、首相は難しい判断を迫られている。

2010年に当時の管首相がTPP交渉参加の意思を表明して以来、驚くほど多くの、そして時にはヒステリックなまでの賛否両論が渦巻いているが、日本政府は未だに交渉参加するかしないかで堂々巡りを繰り返している。

自民党は去年末の総選挙で「聖域なき関税撤廃」を前提とする限りTPP交渉に参加しないと言ってきた。それを受けて、今月末の日米首脳会談では、関税撤廃の品目を作ることを米国にお願いするというわけだ。
記事内にあるように、前提は聖域なき関税撤廃でも、実際に一つの例外なくすべての品目の関税がゼロになる可能性は限りなく低い、TPPは参加国が多いことに加え米国のような先進国からベトナムのような発展途上国まで多様な国を含むため、各国の関税撤廃の例外品目に関する考えの違いも大きくなるため一部の産品が例外となるのはむしろ当然だ。
にもかかわらず、なぜ日本は参加前に「聖域なき関税撤廃」の撤回を米国に求めなければならないのだろうか?前提には合意しつつ、交渉の中では例外を求めるというのが国際交渉の常道だろう。

米国がこの要求を呑むとは到底思えない。他の参加国の合意を得られるならともかく、米国だけで勝手に前提を覆すことをすればTPP交渉を取りまとめることはさらに難しくなるからだ。たとえ米国が合意したとしても、他の参加国が納得しなければ意味をなさないだろう。米国をはじめとする参加国からすると、そういうこと(関税撤廃の例外を設けること)は交渉の中で主張してくださいということだろう。
逆に、米国がこの要求を呑むとしたら、その他の分野について相当厳しい条件を突きつけられることは間違いないだろう。日本の国益から見てそれでいいのだろうか?政府の交渉の仕方はあまりにも稚拙だと言わざるを得ない。例えば、一品目でも関税撤廃されなければ聖域なき関税撤廃にはならないので、すべての関税が撤廃されることはないだろうと米国が言えばそれでもって「聖域なき関税撤廃」は覆ったとしてその他の分野で大きな譲歩を迫られることになるかもしれない。

仮に米国が要求をのまない場合、日本はTPP交渉参加はできずに参加断念ということになるのだろう。そうした場合、米国との貿易についてはどうするつもりなのだろうか。1)米国とはFTAは結ばない、2)2国間FTAの交渉を始める、3)他の多国間FTA交渉に米国とともに加わるという3つの選択肢があるだろう。
日本は日中韓FTA、RCEP(東アジア地域における広域経済連携構想)やEUとのFTA交渉など米国以外とのFTA交渉は着々と進めている。その中で最大の同盟国であり、かつ最大の貿易相手国の一つである米国とFTAを結ばないということはないと思うのが普通であり、その意味では1)の選択肢を選ぶことはあり得ないだろう。米国との自由貿易が日本の国益にならないと政府が判断するのであればそれはそれでいいが、米国とのFTA国益にならずその他の国とのFTAは日本の国益になると主張するのはおかしな話だと考えられる。
次に2)の選択だが、これも賢い選択だとは思えない。2国間FTAの方が例外品目を作りやすいと主張する論者もいるが、もしTPPが実現する場合、米国が日本との2国間FTA交渉に乗り出すだろうか?日本がTPP以上の自由化や市場開放をするというのならともかく、そうでなければ米国とFTAを締結したいのであればTPPに参加しなさいということになるだろう。そのときは、日本はTPPを丸呑みせざるを得なくなるだろう。
3)の選択についても同様だ。TPPが実現する場合、米国はその実績を背景に他の多国間交渉でも同様な姿勢で臨むだろう。その中で米国とともに参加する他の多国間FTAで日本政府が望むようなゆるいFTAが実現するとはとてもじゃないが思えない。

つまり、TPPが実現するのであれば、米国とFTAを結ぼうとすればTPPを丸呑みするか、TPPよりも徹底した貿易自由化と市場開放を伴うFTAを結ぶということになるだろう。それはできないということでTPPに参加せず、他国が米国とのFTAを続々と結んでいけば、日本の米国への輸出はますます不利となり、日本の国益は損なわれることになるだろう。

ただし、将来TPPが実現しなければ、話はまた別になる。僕は正直、これだけ多くの多様な国が米国が理想とするような完全な貿易自由化と市場開放の伴うFTAを実現することは不可能だと思っている。どこかで多くの妥協をして通常のFTAと同様な形で成立するか、参加国間の合意が得られず交渉中断となるか、WTOドーハラウンドのように合意が実現することなくずるずると交渉が続くことになるのが関の山ではないだろうか。
そうすれば、慌ててTPPに参加しなくてもいいじゃないかという人もいるのではないかと思うが、逆にだからこそ僕はTPPには参加した方がいいと思う。
これは、TPPに参加せずにTPPが実現した時のリスクをとるのか、それともTPPに参加して交渉が停滞するリスクをとるのかの選択だ。
僕はTPP実現の可能性はむしろ低いと思うので、日本は交渉に参加した上で堂々と国益に沿った主張をすればいいと思っている。もしTPPが実現せず交渉が停滞すれば、TPP参加国とは別の2国間FTAの締結を模索することになるが、その際TPP交渉参加の経験は日本にとってプラスに働くことだろう。
逆に、本当にTPPが実現しそうなのであれば、日本は早くから交渉に参加して日本の国益に沿う内容になるように主張しなければならない。参加が遅れれば遅れるほど不利になるのは明らかだ。

産業競争力会議もTPPへの早期参加を求めている*1。参加するかしないかなどと言ってないで政府は堂々と交渉に参加した上で国益を主張してほしい。

今日はこの辺で

*1:前回の記事を参照