シンガポールの成長戦略

昨日、日本経済新聞シンガポールに世界の多国籍企業がアジア市場向け製品開発のR&D拠点を次々と設立しているという記事があったことを書いた(シンガポールはアジアのR&D活動の中心になれるか)が、先月発行のみずほアジア・オセアニアインサイトに今年2月に発表されたシンガポールの新しい経済成長戦略に関するレポートがあった(シンガポールの「国外活用型」成長戦略)。

 レポートでは、まず、2003年に設定された成長戦略が十分な成果を挙げることができなかったことが、今回の新成長戦略につながっていることが指摘されている。旧成長戦略では、外国人や多国籍企業の積極的な受け入れを進めたものの、労働生産性の向上が90年代の3.4%から00年代には1.1%に落ち込んでしまったからだ。このため、今回のシンガポールの成長戦略は次の3つの方策で労働生産性の向上と経済の高付加価値化の実現を目指している。

1)外国人労働者の受け入れの抑制と生産性向上投資の優遇
 旧成長戦略下では、人口の少なさと深刻な少子化に直面したことから、外国人労働者を積極的に受け入れる政策を行ってきた。外国人労働者の増加は賃金の上昇圧力を弱め国際競争力の維持に役立ったと考えられるが、その一方で安易に外国人労働者を雇える状況は企業の効率改善へ努力する意欲を減退する効果があり、後者の影響が労働生産性の向上を遅らせていると考えられている。
 このため、新成長戦略では、外国人雇用税の引き上げを行う一方で、研究開発など企業の生産性向上に資する支出に対して所得控除などの優遇措置を与えることによって労働生産性の向上に結び付けることが述べられている。

2)多国籍企業と地場中小企業との連携の促進
 旧成長戦略下では、積極的に多国籍企業を誘致したが、多国籍企業地場企業の技術力に差がありすぎて、多国籍企業の要求する財・サービスの基準を地場の中小企業が実現することができず、両者の間に取引がなかなか発生しなかった。このため、多国籍企業地場企業の技術的格差は一向に埋まることはなく、企業数では9割を地場企業が占めているにもかかわらず、付加価値生産シェアでは5割にとどまる事態となっている。
 このため、新成長戦略では「能力移転連携プログラム」を打ち出した。これは、シンガポールに進出してきた多国籍企業と地場の中小企業との連携に補助金を出し、多国籍企業の技術やノウハウを地場企業へと移転させることを狙っている。

3)基礎研究からアジア向けの実用的研究開発へのシフト
 旧成長戦略下では、バイオ医療研究の振興に力を入れていたが、いまだにシンガポール発の医薬品は商業化されていない。このため、成果が出るのに時間がかかる基礎研究より、アジア市場に特化した商品開発などの実用的な研究開発に力を入れることが新成長戦略では言われている。

このようなシンガポールの新成長戦略にとって、昨日述べたような世界の多国籍企業によるR&D拠点の設立は追い風となるだろう。しかし、ポイントはどれだけの企業がシンガポールに立地するかといことよりも、上の2)で示されるような多国籍企業のR&D活動を地場企業の生産性の向上にどう結び付けるかだろう。補助金の支給でどれだけ多国籍企業地場企業の連携が進むかはわからないが、企業間の連携によるスピルオーバー効果についてはいくつかの実証研究でも示されており、シンガポールの試みが本当にうまくいくかどうかは興味深いものである。

今日はこの辺で