なし崩しに決まっていく外国人労働者受け入れ

日本経済新聞3月26日付5面より

外国人労働者を拡大、建設業で実習延長、東京五輪まで期間限定、政府・与党調整、再入国も認める。
政府・与党は人手不足が深刻な建設業で、外国人労働者の受け入れを拡大する方向で最終調整に入った。外国人向けの技能実習制度を実質的に拡充し、最長3年間の受け入れ期間を2年延ばしたり、過去の実習生の再入国を認めたりする。受け入れ人数はピーク時に現状の2倍の3万人規模に増える見通し。2020年の東京五輪に向け「即戦力」を活用し、膨らむ建設需要に対応する。
 政府・与党は幅広い業種で外国人労働者の活用を検討しているものの、意見集約には時間がかかると判断。まず建設業で20年度までの期間限定で外国人を増やす考えだ。
 発展途上国の外国人を対象にした技能実習制度は現在、受け入れ期間が3年間。希望者についてはさらに2年間働けるようにする。実習を終えて帰国した外国人も一定期間をおけば最長で3年程度、再入国を認める。
 従来の滞在期間の3年を超える分は、いずれも法相の指定する「特定活動」という在留資格を与え、特別に働けるようにする。1万5千人規模の受け入れ人数はピーク時に3万人程度になる。
 技能実習制度を巡っては、実習生の劣悪な労働環境や賃金未払いなどの問題も指摘されている。行政による立ち入り検査や、国や建設会社などでつくる協議会による監視などを通じて、適切な制度運用を目指す。
 自民党は人手不足の業界全般に外国人労働者の活用を促す提言をまとめた。技能実習制度は優秀な人材に限り2年間延長し、再入国も認めるなど制度そのものの拡充を提案。1社あたりの受け入れ人数枠も従業員の5%から1割に増やすよう求めた。

最近何度も書いてきた外国人労働者問題だが、政府はどうやら本腰で受け入れ拡大を実現させるつもりだ。
その理由は、前も書いたように(ここ) 建設業や介護分野で人材不足が問題となっているからだ。
特に、建設業については、震災復興と東京五輪と大規模な特需がある上に、自民党が「国土強靭化計画」で大規模な公共事業を約束しているように、公共投資を経済成長の柱としようとしているために、この部門での人材不足は何としても避けたいと思っているからだろう。

私は、外国人労働者の受け入れの拡大自体には賛成だが、こういうなし崩し的な労働者受け入れの拡大はあまり感心しない。
政府は東京五輪まで(2020年まで)の期間限定での受け入れ拡大を考えているが、世の中そんな都合よくできているものではない。
例えば第2次世界大戦後、ドイツは膨大な復興需要に対して労働者が不足していたために外国人労働者の受け入れを始めたが今や欧州随一の移民大国である。

2020年には少子高齢化による労働者不足の問題は今よりもはるかに深刻になっていることは容易に予想がつく。きっかけは一時的な建設需要の増大に対応するためだとしても、これを機に外国人労働者を受け入れることを前提とした制度設計を手掛けるべきだろう。

今日はこの辺で

移民による財政貢献

しつこいようですが、外国人労働者に関する話の続きです。

前回の記事で、社会保障を目的とする移民を抑制するために英国やドイツ・スイスなどの国で移民の受け入れを制限しようとする動きが生じていると書きました。
このような動きは、外国人労働者は税金を納めずに失業給付などの社会保障の恩恵を受けており、このような外国人労働者が多いと財政が悪化し現行の社会保障制度を維持できなくなるのではないかという不安から生じているものだが、イギリスにおける研究ではこのような認識は間違っていると示すものがある。

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのダストマン教授らによる研究では、イギリスの移民はネイティブ(英国民)よりもイギリスの財政に貢献していることが示されています。

VOXよりThe fiscal effects of immigration to the UK
(要旨)
The immigration debate has focused on immigrants’ net fiscal impact – whether they receive more in welfare payments and other benefits than they pay back in taxes. This column summarises recent research showing that – contrary to popular belief – immigrants who arrived in the UK since 2000 have contributed far more in taxes than they have received in benefits. Compared with natives of the same age, gender, and education level, recent immigrants are 21% less likely to receive benefits.
(訳)
移民に対する議論は、移民の財政に与える影響−彼らは納税以上の社会福祉等の財政的恩恵を受け取っているのかどうか−に集中している。このコラムはそれに関する最近の研究を要約している。その結果は次のようなものだ。民間に広まっている意見に反して、2000年以降に英国にやってきた移民は受け取った社会保障に比べてはるかに多くの納税をしている。移民が受け取る社会保障は、年齢、性別、教育水準が同様な英国民に比べて21%少ない。

さらに、英国の国立経済社会研究所(NIESR)のLisenkova氏などの研究では、英国民と移民の年齢構成の違い(移民の方が若年層が多い)ことを考慮すると、移民を制限しようとする英国の現政権の政策は長期的に財政に対して悪影響を与えると述べています。

Lisenkova-Merette-Sachez-Martinez(2013)The Long Term Economic Impacts of Reducing Migration: the Case of the UK Migration Policy
(要旨)
This paper uses an OLG-CGE model for the UK to illustrate the long-term effect of migration on the economy. We use the current Conservative Party migration target to reduce net migration “from hundreds of thousands to tens of thousands” as an illustration. Achieving this target would require reducing recent net migration numbers by a factor of about 2. In presented simulations, we compare a baseline scenario, which incorporates the principal 2010-based ONS population projections, with a lower migration scenario, which assumes that net migration is reduced by around 50%. The results show that such a significant reduction in net migration has strong negative effects on the economy. The level of both GDP and GDP per person fall during the simulation period by 11.0% and 2.7% respectively. Moreover, this policy has a significant impact on public finances. To keep the government budget balanced, the labour income tax rate has to be increased by 2.2 percentage points in the lower migration scenario.
(訳)
この論文では、移民が英国にもたらす長期的影響をOLG-CGE model(世代重複・動学的応用一般均衡モデル)を用いて示している。例として、このモデルでは、移民の純流入を「数万人から数十万人」減少させることを目標とした現在の保守党政権による政策を分析の対象にしている。この目標を達成するためには、移民の純流入の減少を現在起こっている数のさらに約2倍にする必要がある。シミュレーションによって、我々は2010年を起点とする国家統計局による人口予測を組み入れたベースラインのシナリオと、移民の純流入が約半分に減少する少数移民のシナリオを比較している。その結果、このような移民の純流入の大幅な減少は、経済に対して強い負の影響をもたらすことがわかった。シミュレーションを行った期間においてGDPおよび一人当たりGDPは、それぞれ11.0%と2.7%減少する。さらに、この政策は財政に大きな影響を及ぼしている。少数移民のシナリオにおいては、政府予算の均衡を保つためには労働所得税を2.2%上昇させなければならない。

このような結果が生じる理由は、英国民に比べて移民は若年層が多いために、移民が減少すると、国内の生産が減少することに加え、高齢化が急速に進むため社会保障を維持するための財源が必要となるからである。生産は減少するのに対し、社会保障支出は増加するわけだから、財源の不足分は増税によって賄われることになる。移民の減少は労働供給の減少を通じて国内の賃金を上昇させるが、社会保障維持のための増税分を考慮すると税引き後の労働所得は減少することになってしまうのだ。

このような研究結果は、少子高齢化が進む中財政状況の悪化が進む日本にとっても重要なものだ。移民の受け入れは社会保障の財政を悪化させるわけでないし、むしろ社会保障財政の改善を実現するために移民受け入れは有効となり得るものなのである。

その他、移民に関する影響についてはここなどでも詳しく述べられているので興味のある人はどうぞ

今日はこの辺で

外国人労働者受け入れについて〜欧州の場合

外国人労働者に関する議論の続き(ここここも参照ください)。

すでに多くの移民がいる欧州では、労働移動を制限しようという動きが出ています。

日本経済新聞1月7日付6面より

欧州内の移動、自由化鈍る、ルーマニアブルガリア、検問廃止EUが延期――独、不法移民や治安警戒。
欧州内で国境検問を撤廃する動きが鈍ってきた。欧州連合(EU)は当初、ルーマニアブルガリアの検問を2014年に廃止するとみられていたが、これを延期する。急増する不法移民や治安悪化への警戒心がドイツなどで強まったことが背景にある。ただ、域内の自由な移動を目指す欧州統合の精神が揺らぐ懸念も出てきた。
 欧州の大半の国々は「シェンゲン協定」に基づき、パスポートの点検なしに国境を越えることを認めている。2007年にEUに加盟したルーマニアブルガリアは、14年の同協定参加を目指して交渉していた。
 これに立ちはだかったのがドイツ。「現時点で国境検問を廃止できる状況にはない」と12月の内務相会合で主張し、オランダが同調した。新規加入は全会一致でないと認められないため、ルーマニアブルガリアの国境検問廃止は凍結された。
 国境検問廃止は欧州統合の重要なステップの一つだ。同じ中・東欧でもポーランドスロベニアなどは07年に参加済みだが、ルーマニアブルガリアへの拒否感は強い。
 「両国の捜査当局が犯罪組織を十分に取り締まっておらず、検問を廃止すれば、豊かな北部を目指す犯罪者が増える」。両国のシェンゲン協定への参加を阻もうとする北部欧州からは、そんな指摘が漏れてくる。
 懸念を裏付けるデータがドイツ南部バイエルン州にある。警察当局によると12年に外国人による犯罪件数は前年比3・5%増えたが、ルーマニア国籍に限ると15%超の伸び率だった。強盗や詐欺など金銭目的の犯罪が多いのが特徴だ。チェコの首都プラハでは、ルーマニア出身者が観光客から現金を強奪する事件が頻発し、現地の警察も手をこまぬいている。
 ルーマニアブルガリアへの拒否感の背景には、両国と他の欧州諸国との経済格差もある。両国はEU加盟国の中で最も貧しく、国民の購買力はEU平均の半分に満たない。両国の法定最低賃金(時給)は1ユーロ前後なのに対し、オランダやベルギーは9ユーロを超える。仕事さえ見つかれば国外に移り住みたいと考える人は多く、既に医師などが職を求めて国外に流出している。
 EUは域内の労働市場を2014年に両国に全面開放する。EU加盟の7年後には市場開放を適用するというルールがあるためだ。14年から両国の人たちは就労ビザを持っていなくても国境のパスポート検査を通過さえすれば、北部欧州で就職活動ができることになり、ドイツだけで数十万人が職探しに訪れるとの推計もある。このため、大量移住を回避するため国境検問を残すべきだとの意見が出てくる。
 ルーマニアブルガリアには少数民族ロマ人も多い。こうした人々が両国内での差別と貧しさから逃れるため大量に移住する事態になれば、北部欧州諸国の社会保障費が増大しかねない。
 北部欧州は景気が底堅い。ただ、南欧支援や難民救済、それに中・東欧との統合で豊かさが蝕まれるとの「被害者意識」が強まっている。そんな不安につけ入る形で極右勢力が移民排斥を訴え、支持を広げている。
 欧州統合についての研究・提言を担うオーストリア欧州政策協会のシュミット事務局長は「北部欧州の住民の不安を取り除く処方箋を政治が示すべきだ」と語る。

日本経済新聞2月19日付7面より

欧州、労働者流入を警戒、スイス、労働市場を一部凍結、英国、失業保険給付厳しく――社会保障費増大に不満。
欧州主要国で外国人労働者流入に警戒感が広がってきた。スイスはクロアチアへの労働市場の開放を凍結、英国やドイツでも失業保険などの給付条件を厳しくすべきだとの声が高まる。手厚い社会保障制度目当ての移住を防ぎ、雇用を守るというのが大義名分だが、底流には外国移民の大量流入で社会の形が変わることへの不安がある。
 スイスは9日の国民投票で、移民受け入れに上限を設けると決めた。当初、政府は移民制限に消極的だったが「民意」を受けて対策に踏み切った。 対象は昨年7月に欧州連合(EU)に加盟したばかりのクロアチア。スイス通信は15日、労働市場の開放交渉を担当したスイスの閣僚がクロアチアのプシッチ外相に電話で交渉打ち切りを通告したと報じた。
 EUのバローゾ欧州委員長は猛反発したが、スイスの地元紙によるとスイス国民党の幹部は国民投票を盾に、東欧諸国をすべて排除したいとの考えをにじませた。
 スイスは失業率が3%台と「完全雇用」に近い。しかし、周辺国との「給与格差」が大きいために大量の欧州系住民が引き寄せられており、スイス国内では外国人への警戒感が広がる。
 同国内では、ファストフードのアルバイトの時給が数千円とされ、月給4千フラン(約46万円)を法定最低賃金とする構想が浮かぶ。ドイツの医学専門誌によると勤続10年目の勤務医の平均年収もオーストリアやドイツの2倍に達する。
 東欧に加えて西欧からも大量に「移民」が流れ込み、いまや人口の4分の1が外国人に。小都市を中心に保守的なスイス社会は不安を強める。
 スイスのブルカルテル大統領は18日に訪独し、メルケル独首相と会談した。メルケル氏は記者会見でスイスの決定を「遺憾」と表現したが、足元のドイツでも外国人労働者への不安は頭をもたげている。手厚い社会保障制度を目当てにした移住が増え、自国の財政が圧迫されるとの懸念だ。 同じような不安を抱える英国は1月から、ルーマニアなどからの就労者について失業保険の給付基準を厳しくした。
 ただ、いまのところ政府や経済界には「域内移民の排斥」へ本気で取り組む考えはない。少子化が進んでいるため、多くの政治指導者や企業経営者は税や社会保障費の担い手となる外国人が必要だと認識している。 5月に欧州議会選挙を控えていることも、事態を複雑にしている。移民に厳しい姿勢を取らなければ、主要政党は極右政党に票を奪われかねない。
 極右政党が伸長すれば、欧州統合がさらに遅れることになりかねない。

欧州では、賃金の低い東欧や債務危機に陥っている南欧諸国からドイツやオランダ、スイスといった賃金の高い西欧・北欧諸国への労働移動が起こっている。欧州危機以降、両地域の景気格差が拡大するにつれてこの動きは大きくなっている。しかし、最近ではこのような欧州域内の労働者の移動を制限しようとする動きが出ている。

その理由は主に二つだ。一つは、治安悪化への不安だ。そしてもう一つは社会保障制度の持続性に対する不安だ。
労働政策研究・研修機構の海外労働情報の記事に次のようなものがある。
ドイツの連邦雇用エージェンシーの調査によると、外国人労働者を、(1)すでに労働市場を完全開放している国(ポーランドハンガリーチェコスロバキアスロベニアバルト三国)の出身、(2)14年1月から新規に完全開放する国(ブルガリアルーマニア)、(3)債務危機に見舞われた南欧諸国(ギリシャ・イタリア・ポルトガル・スペイン)に分けて2013年11月時点における就労者数を1年前と比べると、グループ(1)出身の就業者数は約7万5千人(前年比約20%)、グループ(2)出身の就業者数は約2万9千人(前年比約24%)、グループ(3)出身の就業者数は約3万8千人(前年比約8%)の増加となっている。これは、ドイツ全体の就労者増加数約35万3000人(前年比約1%)の増加のうちの約40.2%を占めている。
しかし、それ以上にこれらの外国人労働者の失業者数の増加が激しい。ドイツ全土における失業者の増加は前年比0.5%に過ぎないのに対し、グループ(1)の失業者数の増加は前年比24%、グループ(2)は52%、グループ(3)は13%(スペインに限定すると34%)となっている。 このように、東欧や南欧からの移民は不安定な雇用状況にあり、それが外国人による犯罪の増加といった治安の悪化につながっているものと考えられる。
このような失業の増加に応じて、これらの移民に対する失業給付も増えている。「失業給付?」(=租税を財源とする求職者向け基礎保障給付)の受給者は、ドイツ全土では前年比0.1%増であったのに対し、グループ(1)の住民に対しては19%増、グループ(2)には50%増、グループ(3)には10%増(スペインに限定すると30%増)であった。

このように豊かな西欧・北欧諸国には東欧・南欧から多くの移民がやってきているが、景気が悪化した時に真っ先に失業するのも彼らであり、その彼らに対する失業給付の増加は、ネイティブにとっては自分たちの財政負担によって彼らの所得を支援しているような不公平感の増大につながっている。
特に、失業給付や求職手当などの社会保障の需給を目的とした移民は社会保障ツーリズムと呼ばれ批判の対象となっており、そのような民意を受けて、ドイツやイギリスではこれらの移民に対する社会保障の給付を制限しようという動きが出ている(ドイツについては、上で紹介された記事、イギリスについてはこの記事を参照)。

このように、外国人労働者の受け入れを開放する際には、このような社会保障の問題もしっかりと考えなければならない。

今日はこの辺で

外国人労働者受け入れについて〜受入拡大と国内の労働環境改善について

前回の続き

景気回復に伴う人手不足を受けて、外国人労働者の受け入れの拡大に関する記事が目立ってきた。

日本経済新聞2月15日付3面より

人手不足、経済に足かせ、保育所建設、入札不調、開園遅れ、トラック、荷物さばけず委託。
景気回復に伴う人手不足が日本経済の波乱要因になってきた。景気下支えを狙う公共工事は遅れが目立っており、政府は14日、予算執行に異例の期限目標を導入すると決めた。保育所建設が遅れ子育て中の家庭の生活設計に影響を与えたり、バスやトラックの運転手不足でヒトやモノの流れが滞るケースも出ている。政府は外国人活用も視野に入れるが、議論は生煮え。人手確保策は決め手を欠いている。
(中略)

麻生太郎財務相は14日、2013年度補正予算に数値目標を設け各省庁に確実な執行を促す考えを示した。
 背景にあるのは人手不足を主因とする公共工事の執行の遅れ。岩手県内では昨年4〜12月までの工事入札のうち40%が不調に終わった。政府は公共工事の価格を引き上げ現場で働く人の賃金を増やせるようにしたが、人材が集まる保証はない。13年度補正予算は4月の消費増税後の景気を下支えする政策だが、想定通りの効果を生めるか微妙だ。
 工事現場の人手不足は、働く母親の足を引っ張りかねない。待機児童数が全国の市区町村で最も多い東京都世田谷区。入札不調で認可保育所が予定通りに開設できない事態が起きている。
(中略)
「運転手が足りない」。千葉県を中心に路線バスを運行する小湊鉄道(千葉県市原市)の石川晋平社長は嘆く。県境を越えて長野県や群馬県ハローワークにまで足を伸ばしたという。1人の運転手当たりの負担が増せば路線の維持が難しくなる。「希望者に大型免許の取得費用を貸し、何年か勤めれば一部を免除するなどして養成を進めている」(石川社長)が即効性には乏しい。
 トラックなどの物流でも人手不足は深刻だ。名古屋を地盤とする大宝運輸は約400台のトラックを保有しているが、うち約40台を稼働できない状態が続いている。消費増税に伴う駆け込み需要もあって荷動きは堅調だが、さばききれない荷物の輸送は他社に委託せざるをえず、商機を逃している。
(中略)
少子高齢化による人手不足を懸念する声はかねて根強かったが、デフレ不況が問題を覆い隠してきた面がある。雇用が増え、賃金が上がるのは本来、日本経済にとって望ましい。ただ、労働力人口の減少が加速するなかで、成長のボトルネックにもなりつつある。
人手不足、経済に足かせ――人材確保策なお手探り、外国人活用、議論生煮え。
(前略)
働き手を増やす対策として外国人の受け入れ拡大策も浮上している。建設業や製造業で途上国の人を最大3年受け入れる技能実習制度の職種拡大や期間延長が焦点だ。
 技能実習制度を巡っては、経営者が実習生のパスポートを取り上げ、賃金を払わないといった不祥事も相次いでいる。政府内には外国人犯罪の増加を懸念する声もある。足元の人手不足で、半ば見切り発車で外国人活用拡大論が浮上している段階。中期的な労働需給を見据えた制度設計の議論にはなっていない。

日本経済新聞2月20日付5面より

政府・自民方針、介護分野で外国人受け入れ拡大、EPA・技能実習活用。
政府・自民党は、介護の分野で外国人労働者の受け入れを広げる検討に入った。高齢化が進む中で介護職員が増えないと、2025年度に100万人もの人手不足が見込まれるため。経済連携協定(EPA)での介護福祉士候補生の受け入れに加え、技能実習制度の対象拡大などを視野に入れる。
 19日に開いた自民党の関連の特別委員会で、介護での外国人労働者受け入れ拡大の方向を確認した。介護職員の数は現状の149万人(12年度、推計)から、団塊の世代が75歳以上となる25年度には249万人が必要と見込まれる。10年余りで100万人増やさないとならないが、新卒の採用や他業界からの転職だけでは到底まかなえない。
 そこで外国人労働者の活用を検討する。08年度以来、EPAに基づく介護福祉士候補生をフィリピンやインドネシアから累計1100人余り受け入れているが、国ごとの年間上限300人には届いていない。14年度にはベトナムからの受け入れも新たに始めるのを機に、候補生が働けるよう介護施設に協力を促す。
 EPA経由では介護福祉士の国家試験に合格しないと日本で働き続けられない。このため発展途上国への技術移転を名目とした技能実習制度の対象に、介護を新たに加えることなども検討する。

とりあえず目先の人手不足を外国からの労働者の受け入れによって埋め合わせようというのはよくある発想だが、長期的に見るとそれは安易すぎるという指摘もある。

日本経済新聞2月21日付21面より

建設人手不足 技能伝承、途切れる恐れ――外国人活用で悩む。
「最初は『アブネー』って日本語から教えたんですよ」。一昨年の夏からベトナム人労働者のグエン・ミー・スンさんを受け入れた鉄骨加工業の増山鉄工(茨城県取手市)。バブル期以降初めて受注を断るほどのフル稼働が続く工場で、増山博偉専務は鋼材溶接を次々とこなすスンさんを頼もしそうに見つめた。
 37歳のスンさんはベトナムの妻子に仕送りする出稼ぎ。報酬は高校を卒業した新入社員並みの月18万円程度だが「若手よりよっぽど積極的に仕事を覚える」。スンさんも「ベトナムより給料が高いし、技術も覚えられる」と満足げだ。だが技能実習制度の滞在期間は3年。帰国の日は刻々と迫る。
 建設業で働く外国人実習生は約1万5000人。本来の目的は新興国への技術支援だが、現場では人手不足を補完する貴重な労働力として重宝されている。政府も東京五輪に向けた緊急措置として実習期間を5年に延長するなどの規制緩和策を模索し始めた。
 だが現場では異論もくすぶる。外国人活用を推進した茨城県鉄構工業協同組合(水戸市)でも奥津典一理事長は「一時的な労働力を外から手当てするより国内での技能伝承を途切らせないことが先では」と懐疑的な立場だ。福利厚生の不備など若手が定着しない理由を解決すべきだと訴える。 事態は切迫している。熟練工が集中する団塊の世代は65歳を超えて現場から去りつつある。「若手への技能伝承を急がないと、中堅が退職する10年先に現場が持たなくなる」(国土交通省)。危機感を募らせた同省は1月から建設産業の活性化を話し合う有識者会議を開き議論を始めた。
 会議で指摘されたのは若者離れの原因になっている未整備な労働環境。厚生年金や雇用保険など社会保険への加入率は製造業の9割に対し、建設業は6割程度とされる。国交省は2月に公共工事の見積もり基準となる「公共工事設計労務単価」を約7%引き上げ、その中に社会保険加入を促す費用を含めた
 業界も手をこまぬいてはいない。全国鉄筋工事業協会(東京・中央)など各専門工事業者の業界団体は昨秋、材料費や労務費以外に雇用保険料など法定福利費を別枠で計上する「標準見積書」を作成。鉄筋加工業の小黒組(東京・江東)などが活用を始めている。
 日本建設業連合会の中村満義会長は昨秋、不動産協会の木村恵司理事長と会談し、技能者の処遇改善にともなうコストアップへの理解を求めた。建設と不動産、両業界のトップが会談するのは初めてという。
 復興需要や公共投資、消費増税前の駆け込み需要――。建設現場は対応に追われるが、本当に人材不足が深刻になるのはその先だ。ベトナム人を雇用した増山鉄工も将来を見据え、今春は新卒2人を採用する。
 日本総研の湯元健治副理事長は建築着工がすでにピークを超えたと指摘。そのうえで「外国人実習生の拡大はあくまで小手先の対応。労働人口が日本全体で減っていくなかで人材をどう確保するか。外国人の本格的な活用も含めて真剣に議論するタイミングにきている」と話している。

外国人の受け入れ拡大を検討するだけでなく、国内の労働環境拡大により若者の就業を促すこともしっかり考えないといけないというわけやね。

今日はこの辺で

法人税パラドクスについて

日本経済新聞2月3日付2面より

税率下げても税収伸びる?――「法人税の逆説」首相も関心、欧州に先例、起業で潤う(エコノフォーカス)
法人税の税率を下げたのに税収が伸びる「法人税パラドックス(逆説)」と呼ばれる現象が脚光を浴びている。欧州に先例がみられ、法人実効税率の下げに意欲を示す安倍晋三首相も関心を寄せる。一方で税収減を危ぶむ財務省を中心に否定的な声も多い。逆説は日本で起きるのだろうか。

 「法人税率を下げると税収のダメージがあるのか。それが経済を活性化し、税収のプラスにつながるのか」。首相は1月20日の経済財政諮問会議で、法人減税の効果を検討するよう指示。「財源なき大減税はなかなかできない」と税率の下げに慎重な麻生太郎副総理・財務相との違いが鮮明になった。首相の主張には国税地方税を合わせた法人実効税率を下げて成長を促せば、企業収益が改善し結果的に税収が増える好循環が浮かぶ。
 税率の下げには外から企業を呼び込む狙いがある。日本の法人実効税率は35・64%(2014年度、東京都の場合)と先進諸国の25〜30%より高い。「このままでは一段と空洞化が進むうえ、外資の誘致も難しい」と野村証券の尾畑秀一シニアエコノミストは語る。大和総研の試算では法人実効税率を10%下げると、日本メーカーの国内での生産比率が1・5%上がる。
 内閣府法人実効税率を約10%下げると、1年目に実質国内総生産(GDP)が0・4%高まると推計する。減税で浮いたお金が設備投資に回り、賃金や配当が増えて個人消費も盛り上がる筋書きを描く。
 税収はどうか。欧州では税率を下げても税収が潤った。これが逆説と呼ばれるわけだ。
 欧州の主要15カ国では1997年から07年の10年間に法人実効税率が平均で約10%下がった。経済産業省は名目GDPに占める法人課税の税収の比率が2・9%から3・2%に上がったとのデータを示す。経済協力開発機構OECD)によると、国と地方を合わせたドイツの法人関連税収は10年で約3・7兆円伸びた。
 中央大学法科大学院の森信茂樹教授は「欧州の要因の一つは税率の下げで起業活動が活発になったことだ」と指摘する。米国では80年代のレーガン政権による企業向け減税が財政赤字を招いた半面、IT(情報技術)ベンチャーの素地をつくったとの見方も定着する。日本でも起業や企業誘致に追い風が吹きそうだ。
 一方で日本の法人実効税率を約10%下げると、法人課税の税収は約5兆円落ち込む計算になる。内閣府は景気回復による自然増収の効果を「微々たるもの」と控えめに評価する。そのうえで何年たっても減収効果が増収分を上回り、財政赤字を広げる見通しを示す。
 逆説を実現した欧州の経験で見逃せないのは、各国が税率を下げるだけでなく、投資減税の縮小など増税にも踏み込んだ点だ。三菱総合研究所の武田洋子チーフエコノミストは「ドイツが解雇規制を緩和するなど構造改革も進めたことで経済成長を押し上げた」と強調する。日本も税制改革に加え、規制の見直しなどを柱に成長戦略を一体で進めなければ逆説の姿は見えてこない。

法人税パラドクスなる言葉が最近新聞で見られることが多くなってきた。
安倍政権は成長戦略の一環として法人税の減税を考えている。その理由は、記事内の太字で書かれているように、外国企業の誘致、国内産業の空洞化の阻止、起業の促進が挙げられている。これに対して、財務省を中心として、減税による税収減が財政再建への妨げになるという反論がある。
そこで出てきたのが「法人税パラドクス」という言葉だ。これは、欧州などの先進諸国ではこの数十年法人税率が下げられているのにもかかわらず法人税収が伸びていることを指している。

20日に開かれた経済財政諮問会議では、韓国、ドイツ、イギリスについて法人減税が法人税収を増加させた要因についての報告がなされた。
日本経済新聞2月21日付2面より

「法人減税でも税収増」議論、諮問会議民間議員、アベノミクス、成果を還元、与党・財務省財政再建に懸念。
 安倍首相の指示を踏まえ、伊藤元重東大教授ら民間議員が報告をまとめた。英国、ドイツ、韓国を対象に1995年(韓国は2000年)から12年までの法人税収を分析。3カ国とも法人税率を下げても税収が増えた。
 英国と韓国では経済成長で企業収益が増えたのが税収増の主因。英国は税率を9%下げたが、税収は年平均4・8%増えた。このうち4・5%分が経済成長による要因だった。韓国は税率を6・6%下げたが、税収は8・4%増で、成長要因が6・5%分を占めた。
 税率を24・9%も下げたドイツでも税収が5・6%伸びた。成長要因は2・2%分にとどまる一方、減価償却制度の見直しなどで納税対象となる企業を増やす「課税ベースの拡大」による影響が6・3%と大きかった。
 一方、デフレが続いた日本は、95年から11年までに税率を10・4%下げても、税収は1・7%減った。赤字企業が増えたことで課税ベースが縮小したほか、成長要因もマイナスに働いた。
 日本も英独韓と同じように税率下げを税収増に結びつけるには、アベノミクスの効果を持続させる成長戦略の実効性が問われる。民間議員からは好循環をつくる手始めとして、まず足元の法人税収が増えた分を「アベノミクスによる増収分として減税の財源にしてはどうか」という案も出た。
 ただ、税率引き下げが税収増につながるとの見方には懐疑的な意見もある。麻生太郎財務相は今回の分析に、税率を下げずに法人税収が増えた米国やフランスが含まれていないことを指摘した。さらに「財政健全化の目標との関係をどう整理するのか」と強調した。
 黒田東彦日銀総裁も「(法人税率)引き下げを実現するには、社会保障制度の改革と税制の抜本的な見直しが必要だ」とし、減税先行では財政健全化目標の達成に懸念が出てくると指摘した。

法人税パラドクスについては、2011年に発表された財務省財務総合政策研究所のディスカッションペーパーについて詳しい研究レビューがなされているので参考にしてもらいたい。

大野-布袋-佐藤-梅崎(2011) 「法人税における税収変動の要因分解〜 法人税パラドックスの考察を踏まえて 〜(要約)
近年、諸外国において法人税率の引き下げにもかかわらず、法人税収対GDP比が増加する国がみられ、こうした現象は「法人税の税率・税収パラドックス」と呼ばれている。本稿ではこの法人税パラドックスに関する先行研究をサーベイするとともに、1980年代以降における日本の法人税収の推移について要因分析を行った。
諸外国において法人税パラドックスが生じた背景としては、第1に税率の引き下げと共に(投資控除の縮小など)課税ベースを拡大させた結果、実効税率の低下が抑制されたこと、第2に税率の引き下げによって事業者の「法人なり」を誘発した結果、法人部門の拡大が税収増加に寄与したことが指摘されている。
一方、日本は法人税パラドックスが確認されない一つのケースであり、特に1990年代は税率の低下とともに税収も大幅に減少した。この税収低下の主な要因は実効税率の低下であり、その背景には法定税率の引き下げといった税制要因と、景気低迷に伴う企業の特別損失の計上及び繰越欠損金控除の増加といった景気要因の双方が寄与している。他方、日本においては法人税制改革に伴う「法人なり」について明確な動きは確認されない。

上の記事とこのディスカッションペーパーで示されていることは、法人税率を単に低下させるだけでなく、投資控除の縮小などによる課税ベースの拡大といった制度改革が必要だということだ。このため、単に法人税率を下げるか下げないかだけでなく租税特別措置の見直しや投資優遇減税の見直しなど幅広い税制改革の中で法人税率の在り方を考えるべきだろう。

グローバル化時代の税制の在り方については、イギリスのノーベル賞経済学者ジェームズ・マーズリーなどによる提言(マーリーズ・レビュー)も参考になるだろう。マーリーズ・レビューを元に日本の税制の在り方について論じられた「マーリーズ・レビュー研究会報告書」も今後の税制改革を考えるうえで参考となるだろう。

このように、法人税引き下げについて様々な議論があるが、日本の財政状況を考えると日本の財政に本当に悪影響を与えないのかという財務省の懸念も理解できないわけではない。
欧米諸国などの実績から法人税引き下げと税収増が両立しうるとされるが、すべての国においてこれが成立しているわけではない。日本の実情をかんげる際、次の二つは頭に入れておいた方がいいだろう。
まず一つは、法人税のパラドクスは小国に当てはまりやすく、大国については必ずしも当てはまっていないことだ。

右表はHaufler-Stahler(2013)"TAX COMPETITION IN A SIMPLE MODEL WITH HETEROGENEOUS FIRMS: HOW LARGER MARKETS REDUCE PROFIT TAXES", International Economic Review Vol.54, pp.665–692の中にある1985年と2005年の法定実効税率(statutory tax rate:法人税率引き下げというのは主にこの税率の引き下げを指す)、平均実効税率(effectve average tax rate:投資控除などを考慮した企業の実質的な税負担)、そして法人税収入のGDP比率(CIT revenue (% of GDP))を人口規模の大きな国(人口2000万以上)と小さな国とで比較したものだ。これを見ると、人口規模の小さな国では法人税のパラドクスがのきなみ実現しているが、人口規模の大きな国では日本をはじめドイツ、イタリア、英国で法人税パラドクスが成立していないことがわかる。

二つ目に、右表からもわかるが、日本は他国に比べて法人税のGDP比が高いことだ。
さらに、日本は他国に比べて税収全体に占める法人税の割合も他国に比べてはるかに高い。
先に上げたマーリーズ・レビュー研究報告書p.7によると法人税が税収に占める割合は日本(2008年)28.1%、米国(2006年)15.1%、英国(2005年)11.5%、ドイツ(2005年)8.2%、フランス(2005年)9.9%と日本は法人に対する法人税依存が他国に比べて非常に大きい。さらに、地方税についてはもっとひどい。同報告書p.8によると地方税に占める法人税収入は日本では25.6%に対し、ドイツ8.8%、米国7.6%、さらに英国、フランスではゼロ%だ。
このように日本は他国に比べて法人税に対する依存度が異常に高く、それがゆえに法人税引き下げがもたらすリスクも大きくなっている。このような状況では、法人税のパラドクスに過度に依存するのは危険であり、法人税減税の際の代替財源はしっかり確保しなければならないだろう。そもそも他国にしたって、法人税減税の際には代替財源を当然確保していただろう。

今日はこの辺で

経済成長と貧困削減との関係

大和総研レポートより経済成長は貧困削減に役立つか?(1)を読みました。

経済成長が国内の貧困の削減や格差縮小につがなるのかどうかというのは、経済の在り方を考える上で重要な問題だ。
どの国も高い経済成長を目指している。経済成長は所得の増大をもたらし、すべての人々に恩恵をもたらすことを可能とするからだ。
しかし、国全体の所得の増加が、国内のすべての人々の所得の増加につながるとは限らない。経済成長が高所得層に恩恵をもたらす一方で、低所得層の所得増加につながらない場合、経済成長は格差拡大につながることになる。

このような格差拡大を伴う経済成長が社会にとって望ましいものとは言えないことは想像に難くないだろう。
まず、このような経済成長は国内に格差論争を生み出し、低所得者層を中心に政権に対する不満をもたらし社会を不安定化させることが考えられる。これは小泉政権時代にITバブルの余波を受けて国内景気が改善していったにもかかわらず、国内で格差論争が生じ一部で政権に対する反発が生み出され、その後紆余曲折を経て最終的には自民党政権の終末につながったことを思い出させる。
また、以前ここでも書いたように、国内の経済格差の拡大が持続的な経済成長の妨げになるのであれば、格差拡大を伴う経済成長は持続可能なものではなく遠からず行き詰まりを迎えることも考えられます。

この大和総研のレポートは、フィリピンやインドでは高い経済成長が実現しているにもかかわらず、それが貧困削減につながっていないという実態を踏まえ、複数回に渡って、アジアの発展途上国における経済成長が貧困削減、国内格差に与える影響や所得格差の是正・貧困削減につながる経済成長とはどういうものなのかについて述べていこうというものでありとても興味深いものだ。

第1回目は、経済発展と貧困削減の関係について戦後の経済開発理論の動向を踏まえたうえで述べられている。
レポートの内容をまとめると、90年代以前のマクロ的な経済開発援助(大規模なインフラプロジェクトへの投資を中心とした援助)に対して、90年代以降は特定の貧困層や貧困地域を対象としたミクロ的な援助が広まり、2000年代には両者を統合した「包括的成長(Inclusive Growth)」貧困層を支援する成長(pro poor growth)」といった流れが生じているということらしい。

マクロ的な経済開発援助とは、経済全体の成長を促進させることが最終的に貧困問題の解決につながると考えたものである。高成長をもたらすためにはビッグプッシュ(巨大インフラ投資による有効需要の送出と生産のボトルネックの解消)が必要であり、そのビッグプッシュに必要な国内貯蓄(資金)がない途上国に対し、経済援助によってその資金不足を補ってやれば経済は成長軌道に乗るだろうという考えだ。簡単に言うと公共投資至上主義ってところだ。
このマクロ的な経済開発援助については、さらに2つの流れがある。戦後直後から60年代までは、政府主導による資本蓄積と輸入代替工業化を重視するという政府の役割を重視した構造主義が主流だったが、60年代から80年代に入ると、政府よりも市場を重視し、「市場化・自由化」と「輸出志向」を重視する新古典派が台頭してくる。この頃には、経済援助については、「民営化、各種の規制緩和、貿易・資本の自由化を重視し、インフレ抑制や財政赤字削減といったマクロ経済運営の管理を政策条件(conditionality)として途上国に課してインフラプロジェクトを進める」というワシントン・コンセンサスが主流を占めてくる。つまり、市場経済を推し進め、適切なマクロ経済運営を行っている国に経済援助を限定していこうという考えである。その後、東アジアの経験を踏まえ*1、両者をミックスした市場機能を補完するような形での政府の関与を積極的に評価する新開発主義が現れるが、経済援助の効果が現れそうな優秀な国に限定しながら大規模援助を与えることによって経済成長を実現していこうという考え方自体はすべてに共通していると言ってよいだろう。

これに対し、マクロ的に高い経済成長率を実現しても必ずしも途上国の貧困層を救うことにはなっていないのではないかという考えのもと現れたのが、貧困層や貧困地域に直接限定して支援していこうというのがミクロ的な援助だ。これは、個々のプロジェクトの具体的な効果を重視していこうという考え方が元になっている。インフラプロジェクトなどのマクロ開発援助と違い、支援する対象がはっきりと見えるところもこのようなミクロ的な援助が好まれる理由だろう。
本レポートでは、このような動きを先進国における福祉政策の在り方と比較して考えている。先進国の中では、特定の層を対象とした社会給付といった限定的・選択的な社会福祉政策と、より普遍的・一般的な福祉政策のどちらが所得分配の平等化や貧困救済に有効かという論争がある。ミクロ的な援助は、この前者に対応している。前者の政策は、直接的な貧困問題に対処できるだけでなく、財政状況の改善から経済成長へとつながるというマクロ的な効果までも期待されている。その一方で、行政コストの高さや政治的な支持を失うことによって長期的には貧困問題の解決にはつながらないという「所得再配分のパラドクス」の問題があることが述べられている。このように考えると、ミクロ的な援助の在り方についても、その効率性について様々な議論の余地があることがわかる。

2000年代に入ると、成長重視のマクロ経済開発援助の考え方と、貧困層に直接働きかけることを重視したミクロ的な援助の考え方をミックスした援助というものが考えられるようになる。それが「貧困層を支援する成長(pro poor growth)」や「包括的成長(Inclusive Growth)」と呼ばれるものだ。前者は「貧困層が成長に参加貢献し、貧困層の成長の果実を享受する能力を高める成長のペースとパターン」を重視するものであり、後者は「高い持続的成長率はより多くの経済機会を創出するが、広範な人々、とくに貧困層がそうした機会・市場へアクセスできるようにするための制度インフラの整備や教育投資等の政策が必要」と考えるものだが、経済成長と所得分配を両立させようということは変わらないだろう。

このように、経済成長と貧困削減・格差縮小については両者のいずれかを重視する考え方がまず出てきたが、その後両者をミックスした考え方が出てきたというのが現状だ。これは、政府主導の構造主義と、市場経済重視の新古典派が最終的に新構造主義にミックスされたというのと同じような流れだろう。経済に対する考え方とは、このように二つの極端な考えが現れその後両者の良さをミックスした考えへと進化するものなのかもしれない。

今日はこの辺で

*1:これについては世界銀行による『東アジアの奇跡』が詳しい

国内における所得と富の格差と貯蓄率・経済成長率との関係

Worthwhile Canadian InitiativeよりEconomic Inequality, Saving and Economic Growthを読みました。

ブログ記事ではOECD諸国を対象に、2000年代の家計の可処分所得と富(資産)の格差(ジニ係数)と貯蓄率と経済成長率の相関関係についての簡単な回帰分析がなされていたが、そこで紹介されていたOECD諸国のジニ係数に関するグラフが興味深かったので記事内で紹介されていた元データを用いてグラフを作ってみた。

ジニ係数が高くなるほど国内格差が大きいということだが、これを見ると、可処分所得と富の格差というのは必ずしも一致しないことがわかる。

例えば、日本は可処分所得ジニ係数OECD諸国中11番目と比較的高い(つまり、格差が大きい)位置にあるが、富に関するジニ係数についてはダントツの最下位(格差が小さい)となっている。

このような可処分所得と富の格差についてグループ分けするとこんな感じになる。

可処分所得も富の格差も共に大きな国>
米国・英国 (金融大国)
イスラエル・トルコ・メキシコ・チリ (中東・中南米)

可処分所得も富の格差も共に小さな国>
スロベニアスロバキアチェコオーストリア (中欧
アイルランド
フィンランドノルウェー (北欧)

可処分所得の格差は大きいが、富の格差は小さな国>
日本・韓国・オーストラリア (アジア太平洋)
スペイン・イタリア (南欧

可処分所得の格差は小さいが、富の格差は大きな国>
フランス
デンマークスウェーデン (北欧)

大雑把な分類だが、北欧を除いては地域ごとに特徴が似通っているような気がします。
なぜそういう違いが出るかはわかりませんが・・・・

ブログ記事では貯蓄率は富のジニ係数と相関関係があり、富のジニ係数が高い(格差が大きい)ほど貯蓄率は大きくなる一方、経済成長率は所得のジニ係数と相関関係があり、所得格差が大きくなるほど経済成長率は高くなることが示されています。

そうなると、日本は成長率が高く貯蓄率が低い分類に入ると思うのですが、本当に?????

今日はこの辺で