輸入障壁とは:日米自動車協議から考える

前回、TPPへの参加に先だって自動車分野において日米で二国間協議が行われることとなったと書いた。

日本がTPPに参加するためには、米国議会に交渉参加を認められなくてはならない。そのため、米国が特に関心のある事項に関しては、TPP本交渉に参加する前に事前交渉してある程度米国が望む結果を先に示さないといけないというわけだ。
もちろん、米国だけでなく他のTPP参加国にも交渉参加を認めてもらわなければならないのだが、他の国は日本の参加を歓迎しており、米国議会がTPP参加への唯一の障壁となっているのだ。
安倍総理がTPP参加に関して党内調整に手間取っており、そのために日米首脳段階で、FTA交渉では当たり前のような聖域の「言質」をオバマ大統領からとらなければならなかったが、それでも与党から一任を取り付けさえすれば、TPP参加への障害は実質なくなる。
これに対し、米国の場合は、議会の承認という法的な手続きが必要なため、議会の説得が必要となり、議会への説得という名目で「具体的」成果を相手国に要求している。
これは日本がTPPに「後から参加」させてもらうことから生じることであり、TPP参加を餌にして本来TPPの議題とは違うところで日本の譲歩を引きずり出そうという米国のやり方はずるいと思うのだが、それが外交交渉というものだろう。

日本から見ると、日米自動車協議は米国から一方的に要求を突き付けられ、それを呑むか呑まないかという守りの交渉だ。無理な要求は拒み、TPP本交渉に回せるものはまわして、その上で米国の顔を立てるためにある程度の成果を米国に与えてやらねばならない。日本の通商外交の腕の見せ所というところだろう。ここで安易に米国の要求を丸呑みするようでは、TPP交渉の先行きも怪しくなってくるというものだ。

さて、それはともかく、日米自動車協議で協議対象となる分野が前回紹介した日経の記事で示されていたが、これは外国からの輸入に対する障壁を示すいい例となっているので、今回はそれを紹介したいと思う。

記事内で示されていた日米自動車協議で扱う項目に次のようなものが入るという。

  • 関税:米国の乗用車で2.5%、トラックで25%の関税の当面の維持
  • 輸入手続き:簡易な手続き*1で輸入できる台数の上限の緩和
  • 技術基準:安全性などの日本の技術基準の緩和
  • 税制:軽自動車を優遇する税制の見直し
  • 流通:閉鎖的な国内のディーラー網の改善

外国からの輸入障壁として最もわかりやすいものは、輸入品にのみ税金を課すという輸入関税だ。これは、国内製品には課される輸入品にのみ課される税金ということで、差別的措置であり公平な競争を阻害するものと考えられるため、WTOFTAの交渉で真っ先に削減が要求される項目になっている。

そして、輸入関税以外の障壁を非関税障壁という。これは関税以外で、外国からの輸入品が競争上不利になる制度のことを言う。
わかりやすい非関税障壁としてあげられるものが、輸入手続きだ。外国からの輸入製品は、国内に入っている際に、港や税関などで様々な手続きを行わなければならない。もし、この手続きが非常に煩雑で時間がかかるものであるならば、その分輸入製品のコストを引き上げることになる。このような手続きは国内製品にはとられないため、輸入手続きが困難であればあるほど外国製品の競争条件は不利になる。このため、輸入手続きの複雑化は輸入関税引き上げと同じような効果をもたらすのだ。
次に、安全基準や技術標準/規格の違い非関税障壁として挙げられます。これらの規制は各国の国内事情や歴史の中から出来上がったもので各国で違って当然ではあるのですが、あまりにも違いすぎると貿易障壁となります。例えば、ある国における製品の安全基準が他国に比べて厳しすぎたり、もしくは他の国では問題にならないような項目についてまで基準を付けたりしていると、その国に輸出しようとする国はその国向けだけに別の製品を開発しなければならなかったり、製品をその国に認証してもらうために新たな手続きを行わなければなりません。その国の生産企業は最初からその国の規制に合致する製品を開発しているのですから、追加的なコストをかけることはないわけですから競争上有利となります。
このような国内制度の違いによる非関税障壁税制でも指摘されます。米国が問題にしている軽自動車を例にとりましょう。軽自動車というのは他国にはない日本独自の規格です。軽自動車は他の自動車に比べて自動車税が低率でその他の面でもいろいろな優遇措置を得ています。輸入関税と違い、米国企業も軽自動車を生産販売すれば日本企業と同率の税率を得ることができるので、見かけ上は競争上の不公平はないはずです。しかし、大型車を得意とする米国企業からすれば、米国が苦手とする軽自動車がその他の自動車に比べて優遇措置を得ていることは自動車市場全体での競争を考えた場合に不利を被ると考えることができるというわけです。
このように、自国製品と外国製品を差別していない場合でも、税制が国内企業にとって有利なものとなることがあります。もちろん、税制というのは国内の様々な事情を考慮(初期段階における自動車の普及促進、エネルギー節減の促進、日本の道路事情に対する考慮など)して決められているため、外国製品を排除しているなどと言われても困るわけですが、非関税障壁の議論ではこういうケースも議論の対象となります。
最後に流通の問題ですが、国内ディーラー網が本当に閉鎖的かどうかは私にはわかりませんが、日本の商慣習が閉鎖的で外国製品を排除する傾向があるということを米国は指摘したいのだと思います。このような商慣習非関税障壁の一つと考えられています。商慣習が各国で違い、その違いが外国でのビジネスの障害となることは、別に珍しいことではなく、日本の企業だって外国でのビジネス環境の違いに悩まれることは少なくありません。しかも、商慣習というのは民間の行動の結果生まれたものなので政府に改善を要求したところでどうしようもないのではないかと思われるかもしれません。
しかし、もし商慣習を後押しするような法律、商慣習の変更を妨げるような法律がある場合、これは協議の対象となります。自動車に関してそのようなものがあるかどうか私はわかりませんがGATT/WTOへの過去の貿易紛争処理機関への提訴にはそのようなものがあります。また別の機会に紹介しようと思います。
ただ、最悪の場合、商慣習を改善すると言ってもどういう風にすればいいのかわからないので、日本の市場の閉鎖性を改善するためにとりあえず数値目標を作って強制的に輸入実績を作ってしまえなんて話になる危険があるのでそれだけは何とか避けなければいけません。

*1:輸入自動車特別取扱制度と呼ばれるもので、輸入台数が一定水準以下であれば検査用のサンプル車を国に出さなくても日本の道路で運転できるというもの。