経常黒字の縮小は円安要因?

日本経済新聞7月8日付3面より

けいざい解読:円安材料に傾く経常収支―円に戻らぬ所得黒字
外国為替取引の新たな材料として、需給面の円安要因に注目する市場関係者が増えている。直近の貿易統計速報によると、5月の貿易収支の赤字は市場予想を大幅に上回る9073億円で、過去3番目の規模を記録した。それだけではない。市場では外貨建て資産の利子や配当を示す所得収支の黒字も「円買い要因になるほどの規模ではない」との見方が出ている。
(中略)
2011年度の経常収支の黒字は7兆8934億円で、15年ぶりの低水準にとどまった。東日本大震災円高の影響を受けた貿易収支が3兆4495億円と現行方式で初の赤字に転じたが、所得黒字の14兆2883億円で補った格好だ。
経常黒字は減ったとはいえ、まだ8兆円近くあり、需給面では円高要因の方が強いようにも見える。だが、必ずしもそうは言い切れない。「所得黒字分がすべて円買いにつながるとは限らない」(日銀)からだ。
例えば、外債から得た年金基金の利子収入や外貨建て投資信託の配当金は再投資される場合が多い。シティバンク銀行が10年10月〜11年9月の所得黒字を基に試算したところ、所得黒字のうち、外貨から円に戻った金額は4割程度にとどまるという結果になった。
仮に11年度の所得黒字14兆円強の半分以上が円に戻らなければ、8兆円近い経常黒字は必ずしも円買いにつながっていない計算になる。経常収支が近い将来に赤字に転じるかについては専門家の間でも意見が割れるが、外為市場では既に円高要因でなくなっている可能性があるわけだ。
 所得黒字が円に戻らない背景には、長引く円高で日本企業の海外移転が加速している現状がある。「所得黒字の約3割を占める企業の海外直接投資から得た利益の半分が海外への再投資に使われている」(シティ銀のチーフFXストラテジストの高島修氏)からだ。しかも「輸出で得た外貨を海外投資に回す企業もあり、貿易黒字も円に戻っていない可能性がある」(為替アナリストの深谷幸司氏)という。

記事の内容は、貿易収支が赤字化したことに加え、所得収支の黒字も少なからぬ割合で海外への再投資に回されるために、円需要へと回ることがなく、これから円安が進むようになるのでは?というものだ。

経常収支の黒字の縮小が円安要因となるのはその通りだが、為替レートの動向をみるためには投資収支の動向にも目を向ける必要がある。
記事内では、輸出(貿易収支黒字)や海外資産からの収益(所得収支黒字)で得た外貨が海外投資に回っていることを指摘しているが、これは国際収支としては投資収支の赤字項目として記載されることになる。
このため、経常収支黒字が海外への再投資に回っているのであれば、それに匹敵する投資収支の赤字項目が生じることになる。

下図は日本の経常収支と投資収支の推移を示したものだが、これを見るとリーマンショックが起こった2008年以降、経常収支の黒字が縮小する一方で、投資収支の赤字がそれ以上に減少しており2011年度には黒字化していることが分かる。投資収支が黒字化するということは、日本から海外への投資(資本流出)より、海外から日本への投資流入(資本流入)の方が大きいということだ。

つまり、記事の言うとおり日本企業や金融機関が海外で得た所得を海外に再投資しているとしても、それを上回る資金が海外から日本に流入しているということだ。これでは、経常収支黒字が縮小しても円安に向かうことは難しいだろう。
さらに下図は投資収支を分解したものだが、これを見ると企業の海外進出の規模を示す直接投資は一貫して赤字であり、日本企業の海外進出の意欲は相変わらず強いことを示す一方で、証券投資やその他投資、特に証券投資の流入が大きくなっていることが投資収支の黒字化をもたらしていることが分かる。これは恐らく欧州危機や世界経済の減速を恐れる海外投資家が日本への投資に積極的になっているからだと考えられる。

このように、記事の楽観論とは異なり、円高圧力は当分止みそうもないんじゃないかと思います。

今日はこの辺で。