TPPの経済効果に関する農水省の試算について

11月8日の講義でお話ししたTPP参加に伴う経済効果に関する農水省の試算について書いておきます。

TPP(環太平洋経済連携協定)の参加に関して、農水省は、TPPの参加に伴い農産物に関する輸入関税が撤廃されると、農業生産が年間4.1兆円減少、自給率は14%(現在は約40%)まで落ち込み、関連産業への波及効果を考えるとGDPを年間約7.9兆円減少させるという試算を出している。

この試算に関する資料がここに公開されているので、これを用いて農作物の貿易自由化の意味を考えていきたい。

この資料によると、農産物の輸入関税撤廃によって与える影響は次のようなものと考えられている。
1)輸入品と競合する農産品については、関税撤廃によってすべて輸入品と入れ替わり、国産品の生産はゼロとなる。このため、生産額の減少=国産品価格×国内生産量と考える。
2)輸入品と競合しない農産品についても、安価な輸入品の流通によって販売価格は下がることが考えられるため、生産額の減少=国内価格低下分×国内生産量となる。

その上で、主要5作物(コメ、小麦、砂糖、牛乳乳製品(バター、脱脂粉乳など)、牛肉)について、生産額減少の試算が公開されている。
例えば、コメについては、まず、新潟コシヒカリ有機米などを除く国内生産の90%が米国産などの外国産米と競合すると考える。近年の価格を平均すると新潟コシヒカリ有機米などの価格は288円/kg、その他の外国産米と競合するであろうコメの価格は247円/kgと計算される。これに対し、米国産などの外国産米の価格は57円/kgと計算され、国産米との内外価格差(国産米価格/外国産米価格)=247/57=約4.3倍となる。このため、輸入関税が撤廃され自由貿易がおこなわれると、90%の国産米の生産は維持できなくなり、外国産米に取って代わられるとともに、外国産米と競争可能な新潟コシヒカリなどの10%の生産に関しても、輸入米の流入によって価格がそれまでの288円/kgから177円/kgに低下すると農水省は推測している(価格の低下幅に関する根拠については書かれていない)。
輸入米と競合しない米の生産量は859千トン、競合する米の生産量は7,607千トンであることから、コメの輸入障壁撤廃によるコメの生産額の減少は(288−177)(円/kg)×859(千トン)+247(円/kg)×7,607(千トン)=1,9742,7800(万円)、すなわち約1兆9740億円と算出される。同様の計算を他の作物についても行うと、主要5作物での国内生産額の減少は、合計で約2兆8千億円の減少となる。これだけ見ると、農作物の輸入関税撤廃が農業に与える打撃は深刻だと言える。しかし、農作物の価格低下は、その購入者である家計からみると農作物に支払う金額の減少につながることを忘れてはならない

 コメの例で言うと、新潟コシヒカリなどの価格が288円/kgから177円/kgに低下するということは、家計にとってはコメに対する支出を価格低下分だけ節約することが可能となることを意味する。さらに、残り90%の米が外国産に切り替わると、外国産米の価格が57円/kgであることから、家計の支出は1kg当たり247−57=90円の節約となる。合計すると、輸入自由化によって消費者の米に対する支出は、輸入自由化によっても米の消費量が変わらないとしたら(288−177)(円/kg)×859(千トン)+(247−57)(円/kg)×7,607(千トン)=1,5406,7900(万円)、すなわち約1兆5400億円減少することになる
 このように、米の輸入自由化は家計がコメの消費に必要な支出金額を減少させる効果を持つ。この節約されたお金は他の消費財への支出や貯蓄などに使われる。単純に、もし家計が輸入自由化によって節約できた食費を別の国産品の消費に回した場合、それは国内生産に対する需要増加を意味するためGDPの増加につながる。このため、輸入自由化によって米の生産額が約1兆9740億円減少しても、別の国産製品の生産が約1兆5400億円増加することになり、米の輸入自由化による実質的なGDPの減少幅は約4300億円にしかならないということになる。
 同様に、他の製品についても計算すると主要5作物の生産額は約2兆8千億円の減少となるが、輸入自由化による家計の支出の減少は約2兆1千億円となるため、輸入自由化による食費の減少が、すべて他の国産製品の消費に使われるとGDPの減少分は約7千億円に過ぎず、農水省の試算と比べて約4分の1に減少することが分かる。

 もちろん、輸入自由化によって浮いた食費がすべて国内製品への支出に向かうというのは極端な仮定だが、少なくとも、農水省の試算は農産品の生産という一部の生産についてしか考えられておらず、農産品価格の低下がもたらす他製品への需要の増加については考慮していないことはわかるだろう。また、家計にとっては今までと食料の消費量は変わらず、他の製品の購入などにお金を使うことができるわけだから生活水準が向上することは間違いない。これは単純なGDPの計算では現れない経済効果といえる。
 このように、輸入自由化=国内生産の減少とだけ考えるのではなく、家計や他産業への影響も含めて総合的に考える必要があることをわれわれは知らなければならない。

今日はこの辺で