輸入自由化がもたらす経済利益(砂糖を例にとって)

TPPの経済効果に関する農水省の試算についてでは、TPPの参加による農産物の輸入関税の撤廃が、国内の農業生産の減少を通じて日本のGDPを減少させるが、その大部分は家計の農作物に対する支出の減少となるため、他の国内生産物に対する需要を生み出し農業生産の減少によるGDPの減少の大部分は相殺されることを説明しました。

このような、GDPの変化によって経済政策の効果を説明しようとする方法は、GDPという目に見える簡単な指標によって説明できることから政府の経済分析でよく使われます。
GDPの変化で経済を判断する手法はマクロ経済学(特にケインズ経済学)的考え方です。ケインズ経済学のいわゆる国民所得=消費+投資+政府支出+純輸出の式を使って考えると、輸入自由化による国内製品から輸入製品への需要の切り替えは、GDPを減少させるために国にとって望ましくないということになります。

しかし、経済学での経済厚生の判断基準はGDPだけではありません。ミクロ経済学では、GDPという生産量で経済厚生を判断することはなく、社会的余剰や効用水準で経済厚生を判断します。

TPPの経済効果に関する農水省の試算で示された精製糖のデータを使って、このことを説明したいと思います。
このデータでは、現在精製糖の国内価格が167円/kgであり、国内生産量が869千トンと示されています。精製糖には103.1円/kgと高い輸入関税が課されているため、精製糖の輸入量は非常に少なく(平成18年で約千トン)、ほぼ自給されていると考えていいと思われます。これが、TPPによって輸入関税が撤廃されると価格が52円/kgの豪州産や米国産の精製糖が国内市場に入ってくるため国内生産は完全になくなり、すべて輸入製品に切り替わるというのが農水省の試算でした。

このことを部分均衡分析の図を使って説明したものが図1です。
輸入関税がかけられている状況では、国内市場は自給自足状態であり、均衡価格は167円/kg、国内生産量(=消費量)=869千トンとなっています。この状態から輸入関税を撤廃して自由化を行うと、国際価格52円/kgで輸入製品が入ってくるために、国内生産はゼロとなることになります。
このとき、国内生産額の減少額は167円/kg×869千トン=約1451億円となり、図1の赤線で示された長方形の面積で表されます。これに対し、前回の記事で述べた家計の支払額の減少は(167円/kg−52円/kg)×869千トン=約999億円となり、これは図1の青色で塗りつぶした面積ABEDで表されます。

これに対し、部分均衡分析では、輸入自由化による経済利益を消費者の利益である消費者余剰と生産者(農家)の利益である生産者余剰を合計した社会的余剰の変化によって評価します。
それを示したものが図2です。輸入自由化による生産者(農家)の利益である生産者余剰の減少は図2のABC(オレンジの三角形の面積)で表されます。これに対して、輸入自由化によって消費者の利益である消費者余剰は図2のABFD(緑色の線で示された台形の面積)分だけ増加することによります。このため、社会的余剰の増加分は消費者余剰の増加分ABFD−生産者余剰の減少分ABC=CBFDとなります。すなわち、輸入自由化によって生産者(農家)は利益を失うが、それ以上の利益を消費者は得ることができるため国全体の得る経済利益は増加することになるのです。

輸入自由化による社会的余剰の増加分CBFDの内容を、図3を使って説明します。まず、家計にとって、輸入自由化前の精製糖の消費量869千トンについては、輸入自由化による価格の低下に伴って精製糖の消費に必要な支出はABED減少することになります。これが消費者の得る利益となります。これに対し、輸入自由化によって自由化前の生産量869千トンがゼロとなる生産者(農家)の利益の減少分はABCとなります。これは、生産額の減少に比べると非常に少ないことがわかります。なぜなら、生産額の大半は農家にとっては生産コストの支払いに消えてしまうために、実際に得ている利益は生産額に比べてはるかに小さいものとなるからです。また、生産者の利益の減少分は消費者の支出の減少分に比べると小さくなることが図3からわかります。これは、輸入自由化によって生産できなくなる日本の生産者による精製糖の限界費用は国際価格52円/kgを上回るためです。というわけで、輸入自由化前の消費量869千トンについては、輸入自由化による消費者の利益が生産者の被る損失を上回ることになり、その大きさはCBED(ピンクで塗りつぶされた台形の面積)となります。

これに加えて、輸入自由化による精製糖価格の低下は、消費者により多くの消費を実現させることを可能とする。価格低下による消費の増加がもたらす消費者利益の大きさを示したものが、図3のBEF(緑で塗りつぶされた三角形の面積)です。この部分の消費が消費者に与える限界効用は52円/kgを上回るので、消費者は消費を増やすことによって価格を上回る効用を得ることが可能となるのです。
このように、輸入自由化は消費者にとって消費に必要な支出の減少(ABED)をもたらすとともに、価格低下による消費量の増加によってさらに追加的な利益(BEF)を得ることを可能とする。これは、生産者(農家)の被る損失ABCを大きく上回ることとなり、このために輸入自由化はその国に大きな経済的利益をもたらすことになるのである。
しかし、このような消費者の利益というものはGDPという指標には反映されない。GDPだけでみると、農業生産額の低下という部分しか反映されないため、GDPで経済厚生を判断するケインズ経済学的考えでは輸入自由化に抵抗し保護貿易を推奨する考え方が生じやすくなるのである。

今日はこの辺で