製薬産業におけるR&D産業の国際化
笹林-八木(2008) 製薬産業におけるR&D産業の国際化 医薬産業政策研究所 リサーチペーパーシリーズNo.41
(要約)
製薬企業が出願した特許の発明人情報を用いて、製薬産業におけるR&D活動の国際化の実態を分析した。また、大手製薬企業の研究拠点の集積が進みつつある中国上海市をケーススタディとして取り上げ、R&D拠点の立地に影響を及ぼす要因について考察した。企業の視点で特許件数を分析した結果から、欧米製薬企業では、外国での発明が自国の発明の伸びを上回っており、国際的なR&D活動の重要性が高まってきていることが明らかとなった。一方、日本企業は、欧米製薬企業に比べて外国での発明の割合が低く、自国中心にR&D活動を行っているものと考えられる。 国の視点で特許件数を分析した結果からは、米国で発明された特許件数が最も多く、自国企業である米国企業に加えて、欧州企業、日本企業が米国内でR&D活動を活発に行っており、米国が創薬研究の国際センターとなっていることが明らかとなった。一方、日本の特許件数は米国に次いで2番目に多いものの、その中心的な担い手は自国企業であり、外国企業による出願比率は10%と米国及び欧州に比べて低い結果であった。
魅力あるR&D資源を求めて進展する製薬企業のR&D活動の国際化は、企業が国を選ぶ時代に入ってきていることを意味する。このような流れの中、国際的な創薬研究センターとしての地位を目指す各国間の競争は、先進国のみならず新興国へも拡大し、激化しつつある。ケーススタディとして取り上げた中国においては、外国企業のR&D拠点開設に対する優遇制度や、海外の優れた研究者の招聘を目的とした制度及び施設等が整備されており、相次ぐ欧米製薬企業によるR&D拠点開設はその成果といえる。 製薬企業によるR&D活動の"場"をめぐる国際的な競争が繰り広げられる中で、国際的な視野でR&D活動を捉えていく必要性が高まっており、日本を高い科学技術力を持つ外国企業や優れた研究者が国境を越えて集結する真に魅力ある"場"にするための環境の整備がこれまで以上に求められている。
一般的に、企業活動の国際化といえば生産拠点(工場)や販売拠点の国外移転が取り上げられるが、近年はR&D(研究開発)拠点の国外移転も進みつつある。
この論文では、製薬産業について、世界全体からみた多国籍企業によるR&D活動の国際化の実態を二つの視点から調査している。
まず一つの視点は"企業"からのもので、多国籍企業がどれだけ外国子会社におけるR&D活動を重視しているかについて日米欧の製薬企業について比較されている。その結果、日米欧企業ともに、国外での特許所得数の増加が国内でのそれを上回ることは共通しているものの、国外での特許所得の割合は日本企業が最も低いことが明らかになった。つまり、日本企業は欧米企業に比べて自国でのR&Dを重視する傾向があるということである。また、企業が所得した特許の発明人の所在地の割合を比較しても、日本企業は欧米企業に比べて欧米企業に比べて自国でのR&Dを重視する傾向があるということがわかる。
つまり、日本企業は欧米企業に比べてR&D活動が自国中心であり、R&D活動の国際化の視点からみると欧米企業に立ち遅れているということがわかる。
もちろん、R&D活動を何でもかんでも国際化すればいいというわけではなく、密なコミュニケーションがとれる自国民同士で進めた方が有利なケースもあるだろうし、日本の科学技術力の高さを考えればわざわざ国外で行わなくても十分レベルの高いR&D活動を自国で行いやすいということもあるだろう。
しかし、多種多様な技術を集約して行われるR&D活動では、より多様な技術リソースを活用できる企業の方が長期的にみて有利であるはずだ。
このようなR&D活動の国際化の遅れが世界市場における日本企業の国際競争力にどのような影響を与えているかについてはしっかりと研究する必要があるのではないかと思われる。
もう一つの視点は"国"としてのもので、国内のR&D活動のうち外国企業の占める割合を日米欧で比較すると、日本国内における外国籍企業の特許出願の比率は欧米諸国に比べて低いことがわかる。
国内における外国企業のR&D活動は企業間交流や労働移動を通じて国内企業の技術力の向上にもつながると考えられている。このため、国内における外国企業のR&D活動が活発でないということは国内の技術力の向上にとってマイナスとなる。この意味で、日本国内のR&D活動が自国企業中心である現状は世界の中の日本の国際競争力にとってマイナスとなることが考えられる。
また、論文では中国を例に新興工業国が近年様々な優遇政策を用いて外国企業のR&D拠点を誘致しようとしていることが述べられており、世界的な製薬産業の開発センターとしての国家間競争が日米欧の先進国だけでなく新興工業国にまで広がっていることが示されている。長期的な世界規模での競争を考えるとき、国際的なR&D活動に立ち遅れている日本企業、その日本企業に国内のR&D活動のほとんどを依存している日本が国際競争で本当に勝ち残っていけるかどうかは大いに疑問だと言わざるを得ないだろう。