世界経済のトリレンマについて

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道

『グローバリゼーション・パラドクス』について、いろいろな方面から反響があり大変ありがたく思っております。

この本の核となる概念は、世界経済のトリレンマと呼ばれるものです。
今日は、ロドリックが(恐らく)はじめてこの概念について述べた論文から世界経済のトリレンマとは何かについて説明していきたいと思います。

"How Far Will International Economic Intergration Go?" Jounrnal of Economic Perspective Vol.14, pp.177-186

この論文では、次の3つは同時に成り立たないとされています。

1)国際経済統合(International Economic Integration)
国家が国境を超えた財・サービスの取引や投資に干渉することがなくなるため、各国における取引費用や税制の違いがほんの小さなものとなり、商品価格や要素報酬(賃金・金利・地代など)の国際格差がほぼ完全になくなる。
2)国民国家(The Nation-State)
一定の領地(国土)を持ち、法律を制定し執行する独立した権力を持つ政府の存在
3)民衆政治(Mass Politics)(Mass Politics)
参政権が広く与えられているため、国民の政治への参加度が高く、政治制度は民衆の政治運動に対して敏感に反応する。

上の3つが同時に成り立たないということは、「完全な国際経済統合」を実現しようとすると、「国民国家」か「民衆政治」のどちらかが失われていくことになります。

まず、「完全な国際経済統合」と「民衆政治」を両立させるためには、世界連邦ともいうべき超国家的な立法機関や行政当局が作られ、各国の国民が世界連邦の政治に参加できるような体制を設置する必要がある。これは、各国単位で実現されていた「民衆政治」が世界規模で実現することを意味する、世界が一つの国のようになるということだ。
このとき、各国がこれまで持っていた権限(マクロ経済政策、租税政策、規制政策を制定する権限)は世界連邦によって激しく制限されることになる。世界連邦は世界市場全体に目を配りながら政策を決定していく。こうすることによって、各国の政策の違いによって生じていた国家間の取引費用はなくなり、国家間の財・サービス・資本の移動はより活発になるのだ。

一方、「国民国家」を維持しながら「完全な国際経済統合」を進める場合、各国が政策を決定する権限を持ちつつ、経済統合を進めていくためには、各国の規制(安全基準や環境基準など)や税制が国際標準と呼ばれるものに収束されるか、国際間の経済取引を妨げないように制定されていく必要がある。
このような世界では、各国は統合された市場からの信頼を得るように行動せざるを得なくなる。なぜなら、国際市場が大きくなるにつれて、資本の海外流出や国内企業の海外流出による損害は大きくなるからだ。このため、各国は市場関係者や投資家が望ましいと考える政策(市場友好的政策)である金融引き締め、小さな政府、低い税負担、柔軟な労働規制、規制緩和、民営化、貿易自由化等を競い合うようになる。
このように、政府が市場友好的な政策を志向するようになると、各国政府の政策余地は限定されていくようになる。例えば、市場からの信頼を得るために、経済政策を決定する中央銀行や財政当局は政府から独立した機関となり、国内政治の影響から隔離されるようになっていく。政府の提供する社会保障は削減されたり民営化されていき、労働組合や環境団体などの市民運動政治団体が政策の決定に与える影響が弱くなっていくことになる。そうすることによって、「民衆政治」は機能しなくなっていくとロドリックは述べている。

まとめると、「完全な国際経済統合」を実現するためには、超国家的な立法機関、行政当局を作り、それに民衆が参加していく「世界連邦(グローバルガバナンス)」を作り上げるか、各国が国家主権を維持するが、各国は国家間の経済取引を妨げる取引費用を削減することを目的に行動するために市場友好的な政策を志向するようになり、その結果民衆が政治に参加する余地が狭まっていくようになることを選択するかしかなくなる。

このため、国家主権を維持しながら、国民による政治参加(民衆政治)を維持するためには、国際経済統合(グローバル化)に制限を加える必要があるというのがロドリックの見解だ。
そして、戦後直後のブレトンウッズ体制はそれが実現していたとロドリックは述べている。当時の国際貿易体制であるGATTでは、一部工業品の貿易自由化は着実に進んでいたが、繊維産業や農業、サービス業といった多くの産業は自由化の例外扱いとされていた。さらに、各国は国際資本移動を規制しており、国際経済統合は実質的にはゆっくとりとしか進んでいなかったのだ。このように国際経済統合が弱い状況で、各国は国家主権を国民の期待に沿える形で行使していったというのだ。その結果、世界史的に見ても非常に高い経済成長が実現し、各国はそれぞれの国民性に応じた多様な形での国内制度を構築していったのだ。

では、今後世界経済はどうなっていくのか?
この論文では、ロドリックは100年という超長期的には世界連邦が実現するだろうと予想している。しかし、そこから外れるシナリオとして次の2つのシナリオもあり得ると予想している。
1つは、度重なる金融危機の結果、各国の国民が市場友好的な政策に反発を持つようになるというもの、もう1つは各国政府が経済統合に伴う分配や統治体制に関する困難に直面し保護主義に回帰するだろうというものだ。前者は経済統合に伴う民衆政治の衰退に対する反発から、後者は国家主権の弱体化に対する反発だと考えられる。

この論文は2000年の論文なので世界金融危機のはるか前に書かれたものだが、現在の世界経済の置かれている状況を考えると、ロドリックの考える悪い方の2つのシナリオに世界経済が向かいつつあるとも考えられる気がします。

今日はこの辺で