中国との貿易が欧州のイノベーションを促進している

VOXよりWho’s afraid of the big bad dragon? How Chinese trade boosts European innovationを読みました。

(要約)
Chinese exports are often blamed for job losses and firm closures in developed economies. This column tracks the performance of more than half a million manufacturing firms in 12 European countries over the past decade. It finds that competition with Chinese exports is directly responsible for around 15% of technical change and an annual benefit of almost €10 billion in these countries – the wider productivity effects may well be larger.
(訳)
中国の輸出はしばしば先進国における雇用喪失と企業閉鎖の要因として非難されることが多い。このコラムでは、12のヨーロッパ諸国の過去10年間における50万以上の製造業企業のパフォーマンスを追っている。それによって、中国からの輸入品との競争は、技術進歩のおよそ15%に直接的な影響を与え、年間ほぼ100億ユーロの経済的便益をこれらの国々にもたらしていることが分かった。このような生産性改善効果は十分大きいものと言えるだろう。

このブログ記事では、スタンフォード大学のBloom教授らによる中国からの輸入が欧州諸国の製造業に与える影響についての研究が紹介されています。

中国からの輸入は、欧州のような先進国における衣料や靴などの軽工業に多大な打撃を与えるものとして脅威ととらえられる傾向があります。実際、これらの産業では中国からの安価な輸入品の流入に対抗できなくなり閉鎖に追い込まれる企業が多数発生しています。
しかし、そのような産業の中でも、ニッチ市場を開拓したり、イノベーションによる新技術の導入によって製品の高付加価値化を実現し、中国との競争に対抗している企業が出てきているのも事実です。この記事内でも、マサイ族の素足をヒントに健康靴を開発して成功したスイスのMBT(Masai Barefoot Technology)などの例が挙げられています。

このように、中国のような新興国からの安価な製品の輸入の増加は、先進国内の同種産業に対して、雇用の減少をもたらす一方で、技術革新やデザイン力強化による高付加価値化によって生き残ろうとする企業の努力を促す効果ももたらすものだと考えられます。Bloom教授らの研究は、欧州の製造業データと貿易データを用いて、中国からの輸入が産業内における研究開発活動と雇用に与える影響を分析しています。

その結果、欧州の製造業において、中国の輸入品との競争にさらされている業種ほど、IT技術の導入、R&D支出の増加、それによる特許取得の増加による生産性の向上が実現していることが明らかになった。このことと関連して、欧州の技術革新の15%は中国との輸入品との競争によってもたらされていることが明らかになった。これは、安価な輸入品との競争が、企業にこれまでの古い技術に留まることを許さず、新技術の導入や新製品の開発を促すインセンティブをもたらすからだと考えられます。その一方で、中国との輸入品との競争にさらされている業種ほど、雇用の喪失や企業の閉鎖は多くなることも明らかにされています。つまり、中国との輸入品との競争は、一部の生産性の高い企業のイノベーションを促進させる一方で、生産性の低い企業の閉鎖とそれに伴う雇用の減少ももたらすことが明らかになったわけです。

このように、中国からの安価な輸入品の増加は、企業の技術促進を後押しし、産業の生産性向上をもたらすということで経済的便益をもたらす一方で、雇用喪失や企業閉鎖などその調整は一部の人々に負担としてのしかかっていきます。雇用喪失や企業閉鎖の増加は、中国からの輸入を増やすべきでないという保護主義的な圧力を国内にもたらす原因となるが、中国からの安価な輸入品の増加は、当該産業における技術開発の促進だけでなく、価格の低下による消費者の得る利益や中国の成長に伴う輸出増加による国内投資の促進や中国からの安価な部品の導入によるiPodなどの新製品開発の実現など様々な経済的利益をもたらすため、保護主義によって中国を抑圧することは経済的コストが高いことをBloom教授らは指摘します。そして、安価な輸入品の増加による雇用喪失や企業閉鎖に対しては、教育や訓練を通じて人的資本の蓄積を促進したり、失業した労働者が別の企業や職種に転向することを支援したりすることによって対応すべきだとBloom教授らは指摘しています。

安価な輸入品の増加が失業や企業閉鎖を生む一方で、一部の企業の技術革新を促進させることは経済理論としては容易に推察されるものですが、実際に製造業のデータを使って明示しているところがこの研究の重要な貢献だと考えられます。

今日はこの辺で