産業クラスターと地域内技術連携ネットワークの中核としての製品開発型中小企業

RIETI(経済産業省) Policy Discussion Paper Series 10-p-030の児玉俊洋氏(日本政策金融公庫)の「製品開発型中小企業を中心とする産業クラスター形成の可能性を示す実証研究」を読みました。

(概要)
これまでわが国の強みを形成してきた製造業では、既存の中小企業の中にイノベーティブな存在が多く、このような企業を活用したイノベーションシステムのあり方を検討することは重要な意義を持つ。産業クラスター政策は、新規創業企業だけでなく既存のイノベーティブな地域企業にも注目してイノベーションの促進を図ってきた政策である。本稿では、既存企業を含め市場化できる製品を開発できる中小企業を抽出するために、設計能力と自社製品の売上げ実績に注目して「製品開発型中小企業」を定義し、製品開発型中小企業に注目した産業クラスター形成の可能性を示す。TAMA協会の設立経緯などから、わが国の産業クラスター政策における産業クラスターの概念においては、特定産業だけでなく多様な産業からなる産業集積における産学間および企業間の技術連携が重要である。そして、集積地域内で技術連携が多数発生するためには、TAMA協会のような連携仲介機関に加えて、地域企業自身に外部の技術を活用できるという技術吸収力(absorptive capacity)があることが重要である。TAMAおよび京滋地域における企業アンケート調査によって得られたデータを用いて分析すると、製品開発型中小企業は、特許出願や新製品開発などの研究開発成果が多いとともに、産学連携、対大企業連携、対中小企業連携を研究開発成果に活用する力があることが確認できる。各地の産業集積地域において、このような製品開発型中小企業に注目して連携仲介の仕組みを設け、グローバル市場に展開する大企業の連携先としての認知を高めるとともに、大学・大学院卒業生の就職やポスドク人材を含めた大学若手研究者の製品開発型中小企業等への活用を進めることで産学連携の深化を図り、さらに、広域的視点から産業集積のポテンシャルを見いだしてきた国の機能を活用しつつ、地方自治体の主体的な関与を強めることによって、有効な地域イノベーションシステムとして産業クラスター形成が進展することが期待される。

この論文は、著者の児玉氏が2001年以降行ってきた産業クラスターに関する研究をもとに書かれている。産業クラスターとは産業集積の一種である。産業集積とは、一つもしくは二つ以上の産業に関連する技術を持つ中小企業が地理的に集中している状態を指し、東京の大田区や大阪の東大阪市を中心とする地域などが代表的なものである。このような産業集積は日本全国に存在しており、日本の産業基盤となっている。
 これに対して、産業クラスターとは2000年代に入って出てきた概念で、産業集積の中でも、地域内の企業と大学・研究機関との間に人的ネットワークが出来、そこから次々と新事業を生み出すイノベーションが発生するものと考えられています。代表的なものにはアメリカのシリコンバレーがあり、経済産業省文部科学省の政策でも日本各地に産業クラスターを形成することによって、日本経済の競争力強化、地域振興を果たそうと試みられています。(経済産業省産業クラスター計画に関するHPはここ)

 児玉氏は、従来の産業集積が切削や研磨、プレス、メッキ、金型製造など製造業の基盤的な加工を担う基盤技術型中小企業が工程間分業を行っている生産分業集積として機能してきたのに対し、産業クラスターは産業集積の中にイノベーションの創出につながるような技術連携ネットワークが発達した技術連携集積と定義している。技術連携ネットワークとは産学連携や企業間連携などを指し、各構成主体がもつ技術シーズを相互に交流させることを通じてイノベーションや新事業を生み出す元となるものと考えられている。
 児玉氏は、この技術連携ネットワークの中心として、設計能力(技術開発力)と自社製品の売り上げ実績がある「製品開発型中小企業」に着目し、東京都多摩地域を中心としたTAMA(Technology Advanced Metropolitan Area 技術先進首都圏地域)と京都市近郊を中心とした京滋地域を対象としたアンケート調査によって、「製品開発型中小企業」が地域内の技術連携ネットワークの中核としての役割を果たしうるかを分析している。
 具体的には、製品開発型中小企業と、そうでない非製品型中小企業の技術開発力、技術連携ネットワーク形成力、ネットワークからの技術吸収力の比較を行っている。その結果、まず、基礎的な研究開発活動の成果を示す特許出願件数と市場に近い知識やノウハウを必要とする研究開発活動の成果を示す新製品件数のいずれについても、製品開発型中小企業は非製品型中小企業を上回る、すなわち研究開発力は製品開発型中小企業の方が高いことが明らかにされている。
次に、産学連携、対大企業連携、対中小企業連携の研究開発の成果との関係を調べることによって、産学連携は特許出願件数について、対中小企業連携は新製品件数に対して、対大企業連携は特許出願件数と新製品件数の両者についてそれぞれ効果があることを示したうえで、これらの外部との連携を研究開発の成果に結びつける能力を製品開発型中小企業と非製品型中小企業とで比較すると、製品開発型中小企業は外部との技術連携を研究開発成果に結びつけ入るのに対し、非製品型中小企業は必ずしもそうでないことが明らかにされている。
このように、研究開発力がありそれを自社製品の開発につなげることができる製品開発型中小企業は、大学や他企業との連携から成果を上げる能力が他企業よりも高く、そのため産業クラスター(技術連携集積)の活力を高めるためには、これら製品開発型中小企業の活用が必要であると児玉氏は述べている。その上で、児玉氏は次のような政策提言をしている。
1)地域内の製品開発型中小企業の発掘と活用
2)地域内の連携を促進するための連携仲介機関の設立
3)基盤技術型中小企業の維持
4)グローバル大企業と製品開発型中小企業との連携強化
5)産学連携強化のためのポスドク人材などの大学若手研究者の就職促進
6)産業クラスターの国際展開
7)地方自治体と国の積極的な支援

 地域経済の活性化として、地域内の知的資源の活用を促す産業クラスターの形成は重要だが、その実態についてはまだまだ知られていないことが多い。今回紹介した児玉氏の研究のような、地域内の技術連携のネットワークの実態を明らかにすることは、政策形成においても大いに役立つものだろう。興味のある方は一読を勧めます。

今日はこの辺で